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観体論における論理観体(IRD)(2019/5/20加筆修正)


観体は論理世界の中のパターンの一つである。外部の変化を認識して内部の状態を変え、またそれを受けて外部に影響を与える。例えば我々人間を初めとする生物も観体の一つである。またロボットや電子計算機、会社組織や自治体組織も観体の類と言えよう。

世界観の中であえて観体を最初に述べるのは、この世界観自体、観体に認識されることを目的とした情報であるからである。曖昧な文章で記すこともできるが、読む人毎に違う解釈が発生するのは目的にそぐわない。曖昧さのない厳格で、かつシンプルな記法が必要になってくる。

IRDF(Idea Relational Diagram Form/概念関係図記法)は情報を表現する記法である。IRDFには二つの目的がある。一つは言葉による曖昧さを無くす事である。もう一つはそれ自体、観体の仕組みを表す事である。観体のモデルとも言える。実際、IRDFで描かれたIRD(Idea Relational Diagram)はをコンピュータプログラムにすることで観体そのものになる。

最初に基礎的な用語を定義する。基礎的な用語を定義するにはさらに基礎的な用語が必要であり、その用語を定義するにはさらに基礎的な用語が必要であり、それは無限に続いてしまう。そこでここでは相互規定という方法をとる。相互規定というのは例えば「右」を「左の反対」と定義し、「左」を「右の反対」と定義することである。結局「右」とは何なのかは定義されていない。言葉(シニフィアン)は結局、受け取り側の認識(シニフィエ)に依存してしまう。

目次

  1. 基礎用語の定義
    1. 予約語と凡例
    2. 用語と概念と無名概念
    3. 冠表現の凡例
  2. 最初の定義と基礎要素
    1. 関係
    2. 束縛
    3. 非対称関係と対称関係
    4. 概念の状態
    5. 観念と外界
    6. 行念
    7. 純観念と無名概念
    8. 認識と行動
  3. 主な高階関係
    1. 類種関係と性質
    2. 否定関係
    3. 同関係
    4. 部体関係
    5. 構成関係
    6. 変化関係
    7. 高階関係の純概念化と「事象」
    8. 因果関係
  4. 非対称関係と対称関係
  5. その他の高階関係
    1. 量と比較可能性
    2. 比率
    3. 数量
    4. 等比数量
    5. 複合単位
  6. モデルとしてのIRD
  7. 目次
  8. コメント

基礎用語の定義

予約語と凡例

基礎的な用語を定義するにあたって以下を一先ず予約語とする。予約語を用いるのは定義をする為の定義に定義が必要では無限循環を起こすためである。

XとYには任意の用語、または組み合わせられた用語が入る。

これら予約語については後の項にて定義する。予約語の定義までは自然な日本語と似た意味として認識しておいて差し支えない。

特に「有る」「在る」「ある」「無い」「亡い」「ない」を厳格に区別すること。

用語と概念と無名概念

定義する対象の用語は括弧「」で括る。また組み合わせられた用語は二重括弧『』で括る。更に外枠が必要な場合は隅付き括弧【】を用いる。

IRDにおいての概念はそれを識別する単語そのままで表す。また無名概念は白丸○で表す。

冠表現の凡例

日本語には冠詞がない。ネコは猫一般を差すのか、今そこにいる猫を差すのかが曖昧である。IRDでは単語を丸で囲む事によってその丸を具体的な概念として表す。テキスト形式では角括弧[ネコ]として表記し、これは"あるネコ"を表す。複数の具体的な概念を区別することもできる。IRDでは丸の中に識別子を併記する。テキスト形式では[ネコA]、[ネコB]と表記する。集まりを表すにはその識別子を「*」とする。[ネコ*]は"あるネコの集まり"を表す。また「ネコ*」は一般的なネコの集まりを表す。

最初の定義と基礎要素

関係

まず最初に「関係」を定義する。(「概念」と「XはYに有る」と「XはYとZを接続する」は予約語)

この「概念」「関係」が最も基礎的な「観体」の構成部品である。

紙に書いた「観体」であるIRDでは「概念」を識別する単語を書くことで表し、その間に線を引くことで「関係」を表す。ヒト「観体」場合は脳内神経細胞であるニューロンが「概念」、シナプスが「関係」に該当する。ロボットの場合はプログラムでそれを再現する。組織「観体」の場合は構成員が「概念」指揮系統が「関係」に該当する。

「観体」は複数の「概念」と「関係」の部品で構成される。イメージとしてさくらんぼを想像してほしい。さくらんぼの実が概念でありヘタの部分が関係、ヘタは他のさくらんぼの実に刺すことができる。理科室に在る分子模型とも似ている。

それらが多数組み合わさって「観体」を構成する。その構成を「トポロジ」と呼ぶ。IRDは正にその「トポロジ」を表記したものであり、IRDFはその表記方法である。

「概念」と「関係」がハードウェアで「トポロジ」がソフトウェアである。

関係とはなにか。

例えば、あなたは真っ暗な部屋にいる。突然、壁にネコと三角形が映し出されすぐにそれは消えたとする。

もちろん、"ネコ"は"三角形"ではないし、"三角形"は"ネコ"でもない。

ただあなたが感じるのは"ネコ"と"三角形"がなにか「関係」してそうだという、それだけである。

これがもっとも基礎的な「関係」である。

束縛

束縛は"方向性を持った"「関係」である。

日本語の、"の"や英語の"of"が相当する。例えば、"ネコの絵"という言葉において"ネコ"は"絵"ではないし"絵"は"ネコ"ではない。間違いなく言えるのは

である。この関係を「束縛」とし「概念」を限定する表現とする。IRDでは片矢印で表す。例えば「ネコ」の「絵」は「ネコ」∠「絵」とする。テキスト形式においては丸括弧を使い「絵(ネコ)」と表す。

観体においてはこの"方向性を持った"関係こそが唯一の"部品としての関係"である。さくらんぼで言うとさくらんぼのヘタが付いている方、ヘタが刺される方で"方向性を持っている"とイメージできる。2つのさくらんぼをお互いに刺しあうことで前項の基礎的な「関係」が表現できる。

非対称関係と対称関係

これは便宜上区別しているだけで「対称関係」は「非対称関係」の構成であるので「高階関係」(後述)の一種である。

概念の状態

非反応概念・反応概念のイメージとしては、青いさくらんぼの実が赤いさくらんぼの実に熟す姿を想像してもらえばいい。ヒトや組織などの「観体」ではそのままで「反応」が起こるが、紙に書いた観体であるIRDではそのままでは「反応」は起こらない。が、例えば指でなぞったりマーカーで印をつけたりコンピュータプログラム化することでそれを再現することはできる。

観念と外界

「観念」は「概念」の一種である。観念は刺激に対するパターンである。例えば「キリン」という観念はキリンに反応する。それは生きたキリンでなくても構わない。絵に描いたキリンでも、テレビ画面の発光素子が作り出した形でも、たとえ壁の染みがたまたまキリンの形に似ていたとしても「キリン観念」は反応し「キリン反応観念」に成る。夜、暗い道で人の形を見て「幽霊観念」というパターンがマッチしたのであれば、その人にとっては「幽霊観念」が反応したというのは間違いない。仮にそれが単なる柳の枝であったとしてもである。

ヒトで例えると身体の外側は「外界」である。加えて身体の内側も「外界」である。内側も外界であるという事に違和感があるかもしれない。例えば腹痛という「刺激」は身体の内側の事象ではあるが観体にとっては外側の事象であり、「腹痛観念」は「腹痛反応観念」に成る。大切な物を失ったときに身体の中に感じる悲壮感も外界の事象である刺激であるし、特定の異性をみて感じる動悸感もまた外界の事象である刺激の一つであり、それぞれに対応する「観念」が有り、刺激により「反応観念」に成る。

行念

特殊な「概念」として「行念」が有る。行念は観体の外界への働きかけである。ヒトで例えると身体の動きとなる。例えば、ヒトが「人差し指を曲げる」時に反応した概念、は「人差し指を曲げる行念」である。それは「観体」ロボットであればサーボ装置への電圧ルーチンかもしれないし、「観体」が会社組織であれば営業活動の命令かもしれない。

純観念と無名概念

「観念」でない「概念」もある。例えば「権利」は外界からの刺激パターンではない。「非観念」である「純概念」である。ゆえに人は「権利」を直接認識する事は出来ない。

概念は単語と関連づけられていなくても構わない。今見上げた空に浮かぶ雲が作りだす形に名前はあるだろうか。名前はないが、確かにその形はパターンとしてまた再び同じ形の雲を見た時に反応しうるであろう「観念」である。同様に純概念や行念にも名前が無い場合もある。IRDでは「無名の概念」として白丸○を使用する。

認識と行動

「観念」は独立して反応するが、「非観念」である「純概念」や「行念」の反応は「関係」によってもたらされる。 また「観念」は別の「観念」も「反応」させる。

「観念」の「反応」を特に「認識」と、「行念」の「反応」を「行動」と呼ぶ。

「認識」された「観念」は「関係」を通じて「行念」を「行動」させる。うっかり熱い物を触って身を引いた経験は誰にでもあるだろう。「熱さ」という「観念」の「認識」が「関係」を伝わって「身を引く」という「行念」を「反応」、つまり「行動」させる。

「観念」と「行念」の間には「概念」が複数有り「関係」で接続されている場合もある。概念間の距離が遠いと行念の反応はそれだけ遅れる。そして外界に与えた結果はフィードバックとして再度「認識」され「トポロジ」が形成・修正される。

仏教には「色受想行識」の五蘊の考えがある。「色」は刺激、「受」は観念の認識、「想」は純概念間の関係による反応の伝播、「行」は行念の反応と行動、「識」はフィードバックによる関係形成が対応する。

なんでもない時でもわざと仁王立ちして笑ってみると気分がよくなったり、反対に体を小さくして萎縮するとなんだか気分が落ち込む。筆をとればなにか絵を描きたい気分になり楽器を持てば音を奏でたい気分になる。モーターが電気を与えれば動くし動かせば電気を流す様に、行念を故意に反応させることでフィードバック認識を錯覚させる。

「反応」は「関係」を通じて伝播する。外を歩いていて皮膚に水があたり「液体の冷たさ観念」と「外観念」という「観念」が「認識」されそれらに繋がった「雨」という観念に「関係」を通じて伝わり「雨」が「認識」される。例えそれが、たまたま上階の人がこぼしたコップの水滴だったとしてもだ。

「認識」は多数決的に行われる。「雨観念」が「認識」するのか「上階の人がこぼしたコップの水滴観念」が「認識」するのかは、「トポロジ」次第である。ヒトの場合「トポロジ」は主に経験で変化するが先天的な部分もある。同じ観体であるロボットや会社組織においては人為的にトポロジが変化する時もある。

主な高階関係

関係は複数の無名概念と組合わさり、さらに高階な関係を作る。大量の概念と関係を保有する観体である霊長類や人間がそれらを使いこなす。

「高階関係」は「観体」の「トポロジ」でよく使われる「トポロジ」の部品でありそれ自体「トポロジ」である。 「高階関係」と関係する概念は3つ以上あるものもある。「上方概念」や「下方概念」、または「X方概念」(Xはアルファベット)と表記する。

必要な関係数によって「N方高階関係」(Nは関係数)と呼ぶ。

類種関係と性質

これまで使ってきた「XはYである」は「類種関係」を定義する予約語である。以後、「AはBである」は「B←A」と表す。

類種関係は矢印で表す。矢印の差す先を「類」差す元を「種」と呼ぶ。「種」は「類」の「類種関係」をそのまま受け継ぐ。例えば「卵を生む動物」←「鳥類」←「ハト」は「ハト」が「鳥類」の「卵を生む動物」という関係を引き継ぎ「卵を産む動物」←「ハト」、つまり「鳥類は卵を生む、ハトは鳥類である、ゆえにハトは卵を産む」という三段論法を表す。

また「種」の「反応」は「類」には伝わるが、「類」の「反応」は「種」には伝わらない。電子回路のダイオードと似ている。例えば「ハト」が認識されれば「鳥類」も認識されるが、「鳥類」が認識されたからといって「ハト」が認識されるとは限らない。

ある「概念」の「類」の集まりを、その概念の「性質」と呼ぶ。 ある「概念」の「種」の集まりを、その概念の「例」と呼ぶ。

否定関係

「Cの下でAはBでない」は「否定関係」を定義する予約語である。以後「Cの下でAはBではない」は「C←(A!B)」と表す。

「否定関係」は「高階関係」の一種である。IRDでは関係に横棒を引いて表す。それぞれの「概念」に共通する「類」から受けついだ性質「以外の」性質を受け継がない。例えば「ヒト」←(「男」!「女」)は「男も女もヒトではあるが、男は女ではなく、女は男ではない」と読む事ができる。女は男の「精子を生成する」という性質を受け継がず、男は女の「卵子を生成する」という性質を受け継がない。この様に否定関係の両端がそれぞれもつ独自の性質を「特性」と呼ぶ。「特性」は「類」と「否定関係」の概念に依存する。「卵子を生成することはヒトの下での男に対する女の特性」であるという事である。類や否定関係の概念が無い場合は単なる性質の一つでしかない。

仮に否定関係の左右概念に共通する性質があるとすれば、それは両端の性質ではなく、類の性質であるということである。例えば「二足歩行する」←「男」、「二足歩行する」←「女」であるとすると、「二足歩行する」は男だけの性質でも女だけの性質でも無く、「ヒト」またはそれの類の性質であるという事である。つまり「二足歩行する」←「ヒト」と記すべきである。

観体は適切なタイミングでこれらの最適化を行う。動物の睡眠中がそのタイミングの一つである。最適化中の反応が夢となって後から認識される。

同関係

「AをBと呼ぶ」は「同関係」を定義する予約語である。以後は「A=B」と表す。

全く同じ概念であることをIRDでは=で表す。

部体関係

「XはYに有る」は「部体関係」を定義する予約語である。以後はXーコーYと表す。

「部体関係」は類種関係の一種である。IRDでは関係にーコーを書いて表す。コの字の開いた方の概念を「部」と呼び、を閉じた方の概念を「体」と呼ぶ。「体」は「部」を含む。例えば、「タイヤ」ーコー「自動車」は「自動車はタイヤを含む」と読む事ができる。自動車はタイヤでは無いし、タイヤは自動車では無い。しかし自動車はタイヤを含まないと自動車では無い。

「部」の「部体関係」は「体」に受け継ぐ。例えば「東京」ーコー「日本」ーコー「アジア」であれば、「日本は東京を含み、アジアは日本を含む、ゆえにアジアは東京を含む」と読み替えられる。

構成関係

ハードウェアとソフトウェアの関係である。IRDでは関係にー}ーを書いて表す。部体関係と似ているが特に部品の構成に焦点があたっている。例えば1種類のレゴブロックだけを組み合わせて城を作ったとする。その城はそのレゴブロックそのものであるが、「構成」としては城である。水面に見える渦、海の波も「水」を部品とした「構成」である。

『「概念」と「関係」』ー}ー「トポロジ」

変化関係

「変化関係」は「概念」の「性質=類」の変化である。概念が概念であり続けながらその性質=類が変わる関係である。例えば「木にぶら下がっている物」←「リンゴ」が「地面に転がった物」←「リンゴ」に成る関係である。

IRDでは(「木にぶら下がる物」-S-「地面に転がる物」)←「リンゴ」と表す。

以後、「XがYからZに成る」予約語は(Y-S-Z)←Xと表す

上記のYとZを「状態(X)」である。すなわちYとZはXの状態と呼ぶ。

高階関係の純概念化と「事象」

-「 事象([高階関係])」→「純概念」

具体化された[高階関係]はそれ自体「純概念」である「事象」として扱える。

例えば「太郎は男だという事は、良い事だ」というのは「事象(太郎→男)」→「良い事」となる。

また別の例で「りんごが木にぶら下がっている物から木から落ちた物になったのは偶然の事だ」は「事象((木にぶら下がっている物-S-木から落ちた物)←リンゴ)→「偶然の事」と表す。

この様に「事象」というのは「純概念」(直接認識されることのない観念でない概念)の代表格であり、高階関係によって束縛される。

IRD上は高階関係記号に直接関係線を引くことで高階関係を事象として扱える。例えば上のSに直接、関係線を引いてもいいし、ここでは無名概念だが名前を付けて「-落ちるS-」としてもいい

またテキスト形式では末尾にSを付けることで事象として表せる。また名前をつけて省略してSを付けても良い。例えば「風が吹くS」は一々「事象((「無風の空気」-S-「流れている空気」)←空気」)と書かなくても、それが明確なのであれば、「風が吹くS」だけで十分である。

「事象」には修飾的に「現在」「過去」「未来」「他動」「自動」「完了」「目的」などの性質を加えてもよい。動詞の活用形が参考になるだろう。

因果関係

「因果関係」は「高階関係」の一種であり、「事象」同士を結ぶ。IRDではー>ーを使う。開いた方の「事象」を「因」、閉じた方の「事象」を「果」と呼ぶ。「因」の反応が「果」の反応に伝播する。例えば「風が吹いたS」ー>ー「桶屋が儲かったS」は「風が吹いたので桶屋が儲かった」と読む事ができる。

類種関係と同じく、反応は一方向、つまり「因」から「果」にしか伝わらない。例えば上の例では「風が吹いた」ので「桶屋が儲かった」が「桶屋が儲かった」からといって「風が吹いた」とは限らない。

非対称関係と対称関係

類種・部体・変化・因果関係は非対称関係である。非対称関係は反応が一方向にしか伝わらない。対して同関係は対称関係である。また否定関係も対称関係である。対称関係は、非対称関係を組み合わせて表現ができる。対称関係は非対称関係の短縮形であると言える。

関係はここに述べた基礎的な関係以外にもあり得る。例えば「夫婦関係」や「友達関係」は対称関係と言えるし、「上下関係」などは非対称関係と言える。

IRDでは非対称関係を▷で、対称関係を△で表す。名前をつけてもよい。例えば大小関係は「ー大▷小ー」と表す。よく使う関係は=を使い、エイリアス(別名)を作ってもよい。

相互規定する対称関係もある。これを「相互規定対象関係」と呼ぶ。例えば左右関係は「ー左△右ー」と表す。左でない方が右であり、右でない方が左である。

その他の高階関係

量と比較可能性

*「量」→「性質」

「量」は「性質」の一種である。同一の類を持つ複数の概念の特性が「大」「小」の非対称関係を持つ時、その特性を「量」と呼ぶ。

例えば下記では大きさが量であり性質でもある。

量が量である為には比較できる可能性が必要である。「猫→小さい」の様に形容詞を絶対的に扱うのは誤謬でしかない。

比率

比率は同性質の量の関係の一種である。下記の例のまさに「小◁大」そのものが比率としても扱える。IRDでは非対称関係の左右に数値を書いて比率を表す。1は省略可能である.

数量

数量は量の一種である。直接ではなく、間接的に、共通の「単位」との比率で表された量である。これにより直接比較しなくても量の比較が可能となる。標準器は単位を性質量として持つ。例えば地球であったり電子の回転周期であったり、権力者の腕の長さであったりする。

汎用的な単位として「個」がある。一つの類種関係を個と呼ぶ。類がなければ個はない。種々に類があってはじめて個として数える事が可能になる。

単位から性質は推測もできるが、明確に区別する必要がある時もある。例えばmは明らかに長さであるが、縦の長さと横の長さは違う性質である。

等比数量

等比数量は数量の一種である。IRDでは数量の数値に^を付加する。下記の例では-10▷1-を4つ接続された関係、すなわち-10▷1-10▷1-10▷1-10▷1-と同義である。また^-は逆方向接続を表す。

複合単位

単位同士の比率が「比率単位」である。IRDでは非対称関係で記す。比較可能性がない単位同士の比率単位もありえる。例えば秒とメートルの比率である速度がある。秒の先に具体的な秒数を接続することでメートル単位の距離が得られる。

単位同士の合成が「合成単位」である。関係双方の量を同じとみなす。IRDでは対称関係で記す。比較可能単位同士の合成単位の例としては平方メートルがある。つまり、縦と横という異なる性質を同じであるとみなす。比較不可能単位同士の合成単位もありえる。

モデルとしてのIRD

IRDは記法であると共に観体のモデルでもある。世界観はIRDを併用して表現していく。どこまででも行けるロケットとどこまでも拡大出来る顕微鏡の準備はできた。さあ、世界の果てまで案内しよう。

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