シベリア鉄道+Eurail+Amtrakたった一ヶ月で陸路世界一周鉄道旅行する方法(完)

Wikipediaより

最終章モロッコアメリカ編

20日目 時は戻って

時は戻ってポルトガル、ロカ岬にて。

念願のユーラシア最西端ロカ岬に到達。満願の気分でバスでリスボンに戻ります。そのまま帰ってもいいのですかこのバスの終点はCascaisという所でそこからもリスボンに電車が出ていそうです。

ロカ岬からCascaisまでは3ユーロちょっと。海辺の来た時とは違う風景を窓から楽しめました。Cascaisのターミナルで降りて少し北東に歩けば電車の駅です。ちょうど出発なのでプラットホームに行こうとすると、、、

ゲートがある(O_O)

そう、この辺りのローカル線は日本と同じで改札ゲートがあり、しかも無人なのです。ユーレイルパスなので端末にかざしても無駄でしょう(´Д` )

困った。ひとつだけインターホン付きゲートがありますが、そこには「SOS」の表示。押して大騒ぎになったら嫌なので怖くて押せません。

結局悩んだ末、チケット売り場でパスを見せたら遠隔で開けてもらえましたヽ(;▽;)ノ 多分インターホンでも良かったのかも知れません。

路線図を見たらリスボンのオリエンテへはAlcantaraという駅で乗り換えられそうです。ところがこの駅、リスボン行きの駅舎とは離れていてなかなかの距離。しかも着いたら完全無人駅でなんと列車は2時間待ちです(´Д` ) お腹も空きましたが今日は日曜日。ほとんどの店がお休みです。

飲み物を求めて周辺をさまよいます。20分程歩いたところに小さな商店が空いていました。なんと子供2人で店番。水はありますかと聞いてみたらなんとか通じて出して来てくれました。微笑ましいかったです。

する事もないのでカバンの中にあった食パンとチーズで昼食。外は炎天下ですが、無人の駅舎の中は陰で風も通り気持ちがいいです。思えば今までは都会や観光地ばかりにいてこうやって一人でゆっくり時間を過ごすのは初めてです。薄汚れた屋根から差し込む柔らかな光といつから並んでいるのかわからない古い車両群。旅行好きの知人が数週間毎日誰もいない遺跡に通ってただ本を読んで過ごしていたと言う話をしていて勿体無い話だなと思っていたものですが、ここへ来て彼の気分が少しわかった気がします。

リスボンに着いたの夜行バス出発3時間前。まだ余裕です。念の為、アルゲシラス行きの発着所を確認しようと広大なターミナルを歩くも、、、

ない(´Д` )

スペインで予約したバス会社ALSAの文字がどこにもありません。案内板も無くカウンターも日曜だからか夜間だからなのかどこも閉まっています。オリエンテ駅に戻るもどこにも案内所もなく警備の人に聞いてもわからないとのこと。時計を見るとあと2時間。余裕と思っていたマージンがどんどん無くなっていきます。スペインのカウンターで聞いた時は行けばわかるみたいな事言ってたのですが、、

もう藁をも掴むつもりで他者のカウンターに並んでみました。迷惑でしょうが背に腹はかえられません。並ぶ事15分、僕の順番がまわってくると、何も言わないのに係りのお姉さんが外を指差してジェスチャーしています。外へ出て道の奥に行けってこと!?どうやら手に持っていたALSAのチケットを見て察してくれた様です。素直に従って指差された方向へ行くと、、、なにか建物がありますがガラスが黒くてやってるのかわかりません。

とりあえず前に立つと、、、扉があきました!中にはお兄さんが一人。ALSAの乗り場はどこですか?と聞くと21時にここに来てチェックインしてくださいとの事。ん?外に出てもう一度建物を見ます。よーーくみると、隅に小さくALSAと書いてあるではありませんか。わからんて(;^_^A

なんだかんだありましたが、なんとかアルゲシラス行きのバスに乗る事が出来ました。アルゲシラス到着は朝10時半と売り場の係員は言っていました。たっぷり12時間、眠れそうです。連日早朝に起きていたのとポルトガルの時差1時間分もあって吸い込まれる様に意識がなくなりました。

、、、

£€※#!!

うん?運転手がなにか言っているような。耳栓をしているのでよくわかりませんが時計を見るとまだ朝5時です。眠いので寝ます。

£€※#!!

??また起こされました。周りを見ると乗客は僕一人。運転手はセリビア、セリビアと言っています。僕はアルゲシラスまで行くのですが。運転手が指差す先には別のバス。そこには、、、アルゲシラスと書かれています!あれ?今乗っていたバスをもう一度見ると、そこにはセリビアの文字が。どうも、この便、ここセリビアで乗り換えなのです。しかもALSAは外注しているらしく、そのバスは別会社のもの。そんなことチケットにも書いてないですし特に注意も受けてません。バスは鉄道と比べるとなかなか難易度が高いですσ^_^;

バスはちょうどアルゲシラスのフェリーターミナルに到着してくれます。早速入るとそこにはいくつものフェリー会社のカウンターが並びどこを使えばいいかわかりません。中央にインフォメーションがあったので聞いてみました。なんでもフェリーは2種類、新市街と旧市街行きがあり、鉄道駅は旧市街にあるとの事。新市街行きの場合はモロッコ側でバスサービスがあり、旧市街行きの場合はスペイン側でバスサービスを使い、別の港、Tarifaまで移動してからフェリーに乗るとのこと。とりあえず簡単そうな旧市街直行便を運行しているしているFRSを利用しました。予約なしですぐにのれました。バスは駐車場から一時間前に出ます。目立つFRSロゴのバスなのですぐにわかりました。

ここでEUの出国審査があります。顔見てスタンプポンで終わりでした。入国審査はフェリーの中にあります。フェリーは短距離なので座席付きです。お金を払わないと窓付きの椅子すら得られなかった今までの豪華客船よりよっぽど居心地がいいです(^_^)

さあ、いよいよアフリカです!

21日目 ボーダー

日本にいる時に韓国人旅行者を見るといかにも外国人という風に感じてしまいます。

ところが自分が中国に入ってから韓国人旅行者に出会うと不思議なことに彼らが「同じ仲間」に感じる様になります。

シベリア鉄道でモンゴルに入るとその中国人達が今度は「仲間」に、ヨーロッパに入るとモンゴル人までもが同じ「アジア人としての仲間」として感じる様になります。

そして今、アフリカに入り、今まで「外の人達」だったヨーロッパ系の人達までもが「旅行者としての仲間」として同類意識を感じ始めます。

結局、「あちら側」と「こちら側」の境界なんて本人の意識次第なのだという事が実感できます。

タンジェの港に降りると次々とモロッコ人に声をかけられます。タクシー乗らないか?ガイドするよ?などなど。軽く聞いたら駅までは6ユーロ。まけてと言ったら3ユーロとのこと。モロッコの通貨DHでもいいらしいので、その場合は?と聞くと300DH。ん?なんか変なような。

とりあえず現金が無かったので港のすぐ前にあるATMでおろします。通貨レートを見ると大体1ユーロ=10DH。ということは、、、さっきのタクシー、3ユーロなのに30ユーロ分も払わせようとしてたって事です(´Д` )気が抜けませんね。

モロッコのタクシーは赤い昔のシティの様な形のプチタクシーと、立派なグランタクシーに分かれます。もちろんプチタクシーの方が安いので、そちらを使います。適当に声をかけて駅までと言ったら6ユーロ。必ず倍額提示するのがモロッコスタイル。むこうは3ユーロだったよと言って駅まで到着。

フェズまではすぐに便がある様なのでそのまま移動する事にしました。金額は1等が1800円位、2等だと1300円。ガイドブックよると外国人は1等を選び、現地の人は2等を使うとの事。迷わす2等にしました-_-b

21.5日目 波乗り

電車を待ってると中国系の夫婦に声をかけられました。もうここまで来るとアジア系同士、まるで同郷です。上海からロサンゼルスに移住した方でこれからカサブランカに行くとの事。僕もカルフォルニアを目指すので色々聞いていると発車時刻ギリギリに。急いで電車にむかいます。すると、、、

2等は超過密状態( ̄◇ ̄;)

座席はもちろん出入り口まで人が溢れています。これ入れるのかなと思いながらも車掌さんに入れ入れとされてねじ込まれます。鼻をつく手洗い場の糞尿の香り。これがモロッコスタイル。

、、、

時間になりましたが発車しません。それでも人は次々と入ってきます。どうやら詰めこめるだけ詰め込んでから発車する様です。これがモロッコスタイル。

さっきから僕の顔の15センチ前の超接近距離に立っているおじさん。どうみても来週行く国のオ○マ大統領なのですが。どうしてこんなところにいるのでしょか。きっとお忍びの旅行に違いありません。さっきから出入り口組の女の子に声をかけまくっています。さすが活動熱心です。

おっ電車が走り始めます。なんか体勢がアクロバティックなのですが。えっ、電車の扉閉めないの!?(;゜0゜)

僕が一番外側なので扉の外に放り出させた大変です。慌てて手で扉を閉めようとすると、、誰かがそれを阻止します。その方向を見ると、、、オ◯マ!( ̄◇ ̄;)

ニヤリと笑ってこれでいいんだよとジェスチャーしてきます。イヤイヤ良くないのですが。どうも冷房が無いのでこうやって風を入れるみたいです。これがモロッコスタイル。

電車は自転車並の速度でトコントコン進みます。

しばらくして停車駅。よかった。誰か降りてこの過密状態から解放される。すると、、、誰も降りません。外には人々。もしや、、、

さらに乗ってきたΣ(゚д゚lll)

・・・

2時間が経過してさすがに身体を支える手が痺れて来ました。到着まで3時間。このまま手を滑らせたら異国の砂漠でゲームオーバー。大統領はといえば器用な体制で座り混み女の子達相手に相変わらず活動しています。

電車には時折、買い物袋にお菓子と飲み物満載した、どうみても非公式なお兄さんがそれを売り歩く為に人の波をまるでサーファーの様に泳いで行きます。彼に乗れない波は無さそうです。

3時間経過。大統領はネタが無くなったのか僕に絡み始めました。選挙権ないのですがいいのですか(O_O) アラビア後はさっぱりわからないのですが、なにやらお金がどうこう言っています。適当にうんうん言っていると今度は女の子達までなにか僕に聞いて来ます。すいません、本当はぜんせんわからないんです。適当に答えてごめんなさい( ̄◇ ̄;)

そういえばiPadに指差しモロッコ語の本を入れてあったのを思い出しました。今こそ使う時です。おもむろに開いて挨拶らのページを開きみんなに公開。これが結構うけました(^_^;) 役に立つもんですね。1時間くらい間を持たせることができました。おっ、停車駅です。何人か降りますよ!やった座れる!

大統領が率先して空いた席をキープ。僕も空いた席があったので隣の人に聞いてみるとダメダメとのジェスチャー。連れが座っているみたいなこと言っていますが、そんな連れがいる気配はありません。3人連れで見た目がマフィア風のコワモテ。触らぬ神に祟りなしです。別の空いた席の横の人に聞いても同様。まあいいかと思い、一人また入り口に戻ります。

すると、外からはまた人の波が。この駅は乗る人も多いみたいです。再び過密状態に逆もどりです。立ちっぱなしなのと外に振り落とされない様に支えてるので腕と足が棒の様です。すると、、

ドンドン

誰かが客室の壁を叩いています。見ると中の人が僕にあっちを見ろとのジェスチャー。その方向には、、、大統領!ニヤニヤしながらマフィア3人組の空き席を指差しています。しかもマフィアもそこを指さしているではありませんか。どうやら交渉してくれて座っていい事になったみたいです。さすがの対外交渉力です。

ようやく座れました。2等のシートは意外と立派で座り心地がいいです。しかしお腹と喉が乾きました。あと数時間の辛抱です。すると、、、

マフィア達がそれぞれお弁当のパンとコーラを出してニヤリとしながら僕に振舞ってくれます。おお、なんて素晴らしい国。これがモロッコスタイル。

さらに隣の人も興味をもって話しかけてくれました。学校の先生をやっていて言葉が通じました。今日行くフェズにはよく観光に行くらしく、よく使うホテルを紹介してくれるとのことです。モロッコのホテルはお湯すら出ないところが当たり前らしいので、ありがたいです。値段もヨーロッパのホステルより安い位。電話も貸して貰え、2泊予約しました。駅までタクシーを呼んでくれるとのこと。

なんだかんだの5時間ですが、モロッコの人は本当に気さくでニコニコ話しかけてくれるので面白かったです。K3の雰囲気をちょっと思い出しました。

フェズに着いて皆に別れを告げてホームに降ります。大統領は残った女の子にまだ活動しています。前から来たのは迎えに来たその女の子の彼氏みたい。抱き合い始めました。大統領敗退。背中が寂しそうです。

ホームに着くとタクシードライバーが待っていてくれました。ホテルは駅から4キロ位。フェズの有名な迷路の様な街、メディナのすぐそばです。綺麗な部屋でお湯もWi-Fiもあるので気に入りました。営業も熱心で明日メディナをガイドしてくれるとのこと。確かにさっき見たら本気で迷って出られなくなりそうなのでお願いすることに。ガイド料を聞くと300DH。高いというと簡単に半額の150DHに。倍額提示がモロッコスタイル。

夕飯はホテルの近くのレストランを紹介してもらいました。屋上のテラスからの眺めは最高。夕暮れのレゴで作られたかの様なメディナの街。異国ムードたっぷりの中食べるタジン鍋は格別でした。モロッコ的には安くはないのでしょうが、北欧でのパンとコーヒー代程度で充実した気分になれて幸せになりました。

レストランとホテルはわずか100メートル程度なのですが、街はまるで迷路。一人では先ず帰れなさそうなので、店員さんにホテルまで送ってもらいました。また行けと言われても多分いけなさそうです。

思えば北京を出て数週間。ここアフリカに来て初めて観光らしい観光生活をしている様な気がします。物価が安いのもありますが、人々の気さくな雰囲気と商売熱心さ。

お金は求めている人に対して使うのが一番良い使い方だと思います。例えば北京の公務員にお金を払ったって面倒くさいなって態度をされるだけの方が多いような気がします。だってその人の懐には入りませんからね。払う方も嬉しく、払ってもらう方も嬉しい、そんなお金の使い方が一番です。

その点、この地方の人達は、ふっかけはしますが、折り合いがついた時には素直に喜んでくれるのがこちらも気持ちいいです。そこになにか商売の基本の様なものがありそうです。

今日は久しぶりのホテルです。溜まった衣類を洗濯せねば。

22日目 モハメッド

「こんにちは、モハメッドといいます」

昨日メディナの案内を頼んだガイド。この近くに住んでいてホテルでバイトしているらしいです。小柄でホリが深くいかにもモロッコ人。若くみえるけどもう31なのだとか。

迷宮の入り口はホテルのすぐ裏にあります。世界一複雑な町は1000年以上前に作られたもの。その路地は細く車は入れず移動手段は徒歩かタクシーと呼ばれるロバ。人も多くすれ違うのも大変です。かなり頻繁にそのタクシーの糞が散乱しているので足元にも注意しましょう。

連れて行ってもらったのはブージュルード門、アッタリーンスーク、アンダルースモスク、タンネリ、テンチュリエ、ロバタクシーのホテルなどなど。あまりにも複雑で一人で行くのは難しいのと、入っていいスークなのかどうなのかよくわからないので頼んで正解だったと思います。

おみやげにとスカーフ屋さんに入ります。なんとサボテンから作られる繊維なのだそうです。お兄さんが店番していました。

「こんにちは、モハメッドどいいます」

ん?どこかで聞いた様な。ああ、ガイドと同じ名前です。編むところを見せてくれたりコスプレさせてくれたりしてなかなか楽しめました。サハラ砂漠出身の方でぜひ行ってみてと推していました。次回は予定に入れたいです。

そこから買い物ツアー。絨毯、オイル、香水、スパイス、レザークラフト屋さんも連れて行かれました。多分コミッションが出るのでしょう。一通り説明してもらいましたが、、全然欲しくならない(^_^;) 女性向けなのですかね。何も買わないでごめんなさい。

夕方になりお腹が空いてきました。昨日の店が美味しかったのでまた同じ所に行こうかなと思うも、他のレストランも気になります。試しにホテルのすぐ横の店に行ってみました。

誰もいない店にはちょいワルそうなおじさんが一人。こちらを見るとニコニコしながらメニューを見せてくれました。

値段は昨日と同じ。おじさんは一つ一つ説明してくれます。クスクスとタジンは昨日食べたし、、おじさんはモロッコのパイ料理であるパスティラをしきりに勧めてきます。なんでも高級料理らしく、値段も他の1.5倍。昨日のテラスで食べたタジンは最高でした。頭の中ではすでに「モロッコ料理=おいしい」が出来上がっています。きっと1.5倍美味しいに違いありません。おじさんに任せる事にしました。

料理を待っている間、おじさんの話を聞いていました。なんでもシカゴ在住でむこうで店を経営、親戚のつてで市民権を取ったのだそうです。娘さんは日本人と結婚して大阪に住んでいるのだとか。なんかすごそうなおじさんです。

日本から持ってきて要らないものなにかないかと言われたので、電卓や懐中電灯や望遠鏡を見せたら、こっちでは価値があるのでなにかお土産と交換しに行こうと誘われました。うーん、怪しいです。またコミッション狙いっぽいですが。冷やかしであとで行ってみる事にしました。

そうこうしている内に、1.5倍の金額の高級料理、パスティラが出てきました。実に楽しみです。ん?

目の前にあるのはどうみてもケーキ。とても甘そうなシュガーとアーモンドがたっぷりとかかっています。

鶏肉と卵のパイ料理を頼んだ筈ですが、、、。おじさんは食べてみろと促します。もしや、、ナイフを入れると中は味付けされたひき肉と鶏肉と卵。こいつはキワモノです。パイ生地を少し舐めてみると見た目通りの溶けた飴の甘さ。中の肉は塩系でスパイスが効いています。うーむ、このケーキの甘さと中のハンバーグがどう調和するのか。全く想像がつきません。でも昨日の絶品タジンの1.5倍の価格です。きっと絶妙なマッチングなのでしょう。と自分に言い聞かせ、生地と肉を口に入れてみます。

、、、

おっ

、、、これは、、、

、、、

不味い!!!!(◎_◎)

どうしよう、ものすごく不味いです。超甘い飴のパイ生地と中の塩味のハンバーグが全くあいません。食べ物の好き嫌いが無いのが自慢なのですが、こいつは経験の無い味です。

「不味いですね」

おじさんに正直に言います。おじさんはわかったのかわかってないのか、食べないのならお土産に包むよと言ってきます。丁重に断り、メディナに行こうと誘い出しました。

「モロッコ料理=物による」

さて、連れて行かれた肩幅くらいの細いメディナの路地の先の怪しいスーク。絨毯やオイル、スパイスやなにやら薬っぽいものまで並んでいます。中には男性が一人。

「こんにちは、モハメッドといいます」

、、、これで3人目のモハメッド。モハメッドスタンプラリーがあったらもうバッジが貰えてそうです。

モハメッドさんはなにやら粉をガーゼに包んで、鼻で吸ってみろと促します。怪しい。昏睡強盗でもされるんじゃないかと警戒するも、一緒にきていた料理屋のおじさんはスースー気持ち良さそうに吸っています。試しに吸ってみると鼻の奥にかなりの刺激。危なそうなのでそれだけにしておきました。

なんでも持ってきた懐中電灯とこれを交換してやるよとの事。うーん、いらない(^_^;)

結局また丁重にお断りしておじさんと二人、細く暗いメディナの通りをとぼとぼと帰ってきました。おじさんはなんだか寂しそう。こちらも申し訳無くなります。いい経験になって楽しかったと慰めると日本にはよく行くから連絡先交換しようと言ってきました。もちろんオッケーです。そういえば聞いていませんでした。お名前は?

「申し遅れました、モハメッドといいます」

(o_o)

23日目 バケツ

朝8時のメディナのホテルの階段は薄暗いです。朝食付きなので一階のカフェに降りています。ところご一階は真っ暗。シャッターも降りて誰もいません。昨日も同じ時刻に食べたのですが、、。

大声で呼ぶと奥のソファから誰かが起きてのそのそとこちらに来ました。初めて見る顔です。名前は想像つきますが(o_o)。朝ごはんはと聞くとあと一時間まってとのこと。

幸い今日の予定はカサブランカに行けばいいだけなので余裕があるのですが、これで飛行機や列車を予約してあると大変です。気をつけましょう。

時間が出来たので最後の洗濯をします。トイレ付きの風呂場には丁度いいバケツが置いてあり、下着を洗うのには重宝しています。もしないと面倒なので今度からは携帯バケツを持ってこようと思います。

朝食を食べてチェックアウト。今日は長距離バスに乗ってみます。バスターミナルまでは歩いて30分らしいので、メディナの絶景を眺めながら歩いて行きます。

ターミナルに到着。全席予約制のCTMのカウンターで予約を済ませます。なんでもCTMのターミナルはここから離れた新市街にあるとの事。予約は11時なのであと30分。出口で他の旅行者に声をかけられ喋っているとCTMのお兄さんから早く行け!とせかされました。新市街までは混んでて意外と時間がかかるとのこと。前にプチタクシーが停まっていたのでチケットを見せると20DHでどうだとフランス語で言ってきます。面倒なのでオッケーしたのですが、後からメーターを見ると24DH位になっていました。得した気分です。感じのいい運転手さんでボンボヤージュと見送ってくれました。

さて、CTMバスターミナルです。まだ15分くらいあるのでトイレを済ませます。モロッコ初の公衆トイレは1DH。北欧の15分の1です。おばあちゃんにお金を渡して中に入ると、そこには個室が二つ。中を開けると、そこにはいかにもイスラム圏の便器と蛇口が。そう、こちらの人は紙を使わず水でお尻を洗います。それにしてもどうやって蛇口から落ちる水で洗うのでしょう。ふと蛇口の横を見るとバケツが。どうやらここに水を貯めて洗うみたいです。それにしてもこのバケツ、どこかで見たような。

、、、

あっ、ホテルの浴室。

、、、

(´Д` )

どうしよう、思いっきり洗濯に使ってしまいました。深くは考えない様にしましょう(; ̄ェ ̄)

バスは間も無く出発です。カサブランカに向けて荒野をひた走ります。

23.5日目

モロッコのCTM長距離バスはエアコンもついていてなかなか快適です。トイレはありませんが、だいたい2時間くらいおきにドライブインに入ってくれます。ただ、停留所と勘違いすると置いていかれるのでドライバーにどれ位停まっているか確認しておけば安心です。

首都リバト経由でカサブランカまでは約5時間。景色は荒野から都市に変わります。ショッピングセンターも見かける様になりマクドナルドやピザハットまであります。想像以上に欧米化していました。

カサブランカのターミナルについたのは16時。ちょうど駅であるCASA PORTのすぐ近くです。ホテルはBooking.comで一番安かったHotelCentralという所を予約してあります。これもすぐ近くで歩いて行けました。

オーナーさんはひょうきんな方。部屋のドアが開かなくて困っていたら魔法をかけて開けてくれました。明日はお祭りがあるそうです。地図を貰いましたが裏のメディナは複雑で役に立ちそうにありません。とりあえず明後日の空港へ行く方法を確認する為に駅に向かいます。

聞いてみたらこの駅から空港まで毎時電車が出ているとのこと。以前はCasaBoyage駅までタクシーで行かなければいけなかったみたいですが、便利になりましたね。必要時間は45分。価格は40DHでした。

駅前を5分ほど歩くだけで3回くらい「ニイハオ」と声をかけられました。タンジェにもいた勝手ガイド達です。とりあえす自分で歩いてみようと断りました。

メディナの中はすごい人の波。たくさんの店が出ています。お腹が空いたのでなにか屋体料理でもないかなと探して見ますが、なんというか材料的な物ばかりですぐ食べられそうな物はカタツムリくらい。北京のサソリなら食べられましたがカタツムリは、まんまあの模様でちょっと食べる勇気はありませんでした。やたら多かったのは刃物研ぎ屋さん。家の包丁でも持って来ればよかったです。

なんか探すのも疲れたので駅前に戻ってやっぱりガイドを頼む事にしました。100DHなので地球の歩き方でも買ったと思えば安いものです。

ガイドは学生さんで写真を勉強しているとの事。小遣い稼ぎに外国人に声をかけているのだそうです。カサブランカの街は多種の国に統治された経緯があり、建物もその時代によって様式が違うのだそう。街を周り、それぞれの建物のポイントを教えて貰いました。自分じゃ絶対わからないので勉強になりました。最後に地元のレストランを教えてくれたので一緒に食べてごちそうしてあげました。現地語メニューしかありませんが値段は観光客向けの店の半額くらい。覚えておいて明日も使ってみます。

なんでも刃物研ぎ屋が多いのは明日の祭りと関係があるとのことです。なんでも羊を殺す刀を研ぐためなのだとか。なんだか物騒ですね(; ̄ェ ̄)

24日目 血祭り

外の喧騒で目が覚めました。時刻はもう9時。一階のカフェに行って朝食をたべました。

今日のカサブランカは昨日とは様子が違います。例の祭りだからでしょうか。食べ終わってから興味津々で外に出てみました。

生臭さと毛髪が焦げた匂い。

昨日のメディナの人だかりはなく、迷路は閑散としています。若者達が何か同じ掛け声を発しながらリヤカーを押しています。

通路は雨も降っていないのに何故か濡れています。むこうには焚き火。鉄の格子には壊された家具で火がくべられ、その上には丸い物体が真っ黒な炭になっています。物体と目が合いました。そう、それは羊の首でした。

濡れていると思っていた道路に溜まっているのは生々しい血でした。横にはこれからその仲間にされるであろう別の羊が拘束され暴れています。抑える人々の手には刃渡り30センチはあろう刀握られています。なんだか見ていられないのでそのままメディナを後にしました。

カサブランカの街。メディナばかりではありません。昨日はトラムが行き交いたくさんの商店が開かれ賑わっていた街全体がまるでゴーストタウンの様に静まりかえっています。時刻は午前11時にも関わらずです。

街のところどころではメディナと同様な野焼きが行われ、羊の毛皮を回収していく業者のリヤカーが掛け声をあげながら往来しています。

ぐるっと中心部を散歩してみます。よく見ると歩道や行き交う人びとの手には例の30センチの刀が剥き出しで握られており、まるでそれを誇るかの様に見せびらかし歩いています。歩道ばかりではありません、バイク二人乗りで刀をかざしながらこちらを見てニヤニヤしている人も。生きた心地がしません((((;゚Д゚)))))))

震えながら恐る恐る焦げた羊の頭の写真を撮ってみます。するとそれを見ていたバイクの二人組がなにか言いながら凶器を片手にこっちに来るではありませんか!(◎_◎;) えっ、写真とっちゃいけなかったの!?

彼らはあっちを見ろとすぐそばの家を指差します。そっちを見てみるとサングラスをかけたマフィアがちょっとこいとジェスチャーしています。如何にも生き物を殺生するのが好きそうなタイプ。まずいです。彼らは羊の肉だけでは満足せず自慢の刀の切れ味を居なくなっても足がつかない外国人旅行者で試そうとしているに違いありません。

東洋人は外国でピンチになったらとりあえずカンフー出来るマネをすれば相手はひるむと聞いたことがあります。健康太極拳くらいしかやったことありませんが向こうはどうせわからないでしょう。えっと最初の形はなんだっけ。

なんて作戦を練っている間にマフィアは僕を門から押し込みます。するとそこには、、、

子供達がたくさん(°_°)

みんなコンロの周りに集まってバーベキューしています。え?

マフィアがニヤリとしながらバーベキューの串を僕に差し出します。どうやら食べろと言っているみたいです。

そこにいるのは彼の家族。娘さんが言葉通じたので聞いてみると、今日は祭りでどこの家も出歩かず家族で羊を料理してバーベキューしてパーティするのだそうです。父親は物好きでうろうろしている僕を見て招いてくれたのだとか。

思いがけずモロッコ人の家庭の団欒にお邪魔してお昼をご馳走にまでなってしまいました。暖かいもてなしに感謝です。

家には羊がもう一匹繋がれていました。やってみるかと彼がニヤリ。丁重にお断りしましたσ(^_^;)

24.5日目 閉店

ハッサン2世モスクは海辺にせり出る様に建っています。コーランの一節、「神の座は大水の上にある」に基づいて建てられたもので横から見ると波が打ち寄せでまるで海に浮いている様にも見えます。

モスクの周りは海水浴場になっており子供達が遊んでいます。そこからは海岸線が北に向けて伸びており、なにをするでもなく海を眺めるおじさん達がバイクを乗り付けて居ます。まるで日本でよくある光景。国は違えど海辺には人を惹きつけるなにかがありそうです。

とくにする事もなくなったのでモスクの陰でのんびり過ごします。時折子供達が「ブルースリーブルースリー」と絡んで来ます。東洋人はみんな同じに見えるのでしょう。適当にファイティングポーズをとってあげると喜んで一緒に写真を撮っていました。変な外人掲示板に投稿されない事を祈ります。

モロッコはただ街を歩いていても車やバイクから手を振られる確率が物凄く高いです。珍しいのもあるのでしょうが日本じゃ考えられないフレンドリーさです。

さて、夕方になりました。お腹が空きましたが、祭りで町中の店が閉まっているので困りました。思いついたのが駅の中のお店。さすがに駅はやっているだろうと思うも、中は閑散としてキオスクすらやっていません。トラムまで止まるくらいですから当然かもしれません。すると地下に光が、、、おお、マックはやってます。スタバまで閉まっているというのに流石ですね。ということでこの日はハンバーガーになりました。モロッコのマックは微妙にメニューも違っていて面白かったです。

25日目 チェックイン

Casa Port駅はその名の通り海辺にあります。プラットホームはどこか潮の香りが漂っています。

今日はこの駅からムハンマド5世空港まで電車で向かいます。20DHしか違わないので一等にしたからか、席はがらがらです。電車は海沿いの線路を通り空港に40分で向かいます。

電車の窓からは水平線が見えます。大西洋です。明日にはこの向こう側のアメリカに到着する予定です。この途方もない海の彼方に大陸があるとひたすら信じて船で進んだ昔の人の信念にはまったく感心します。

ムハンマド5世空港はテロ警戒からか入り口からX線検査がありました。あと航空会社のチェックインでは意外と手間取りました。アメリカのビザは本当に要らないのかという事を何度も確認されます。このルートでを使う日本人は少ないのですかね。ESTAも紙で必要みたいな事を言い出したので大丈夫大丈夫となんとか説明。

持ち込み手荷物制限も思ったよりタイト。しかもちゃんと検査されました。重量級の(しかも1度しな使わなかった)トラベルクッカーが心配でしたがなんとか0.1Kg差でセーフ。今までで持ち込みの重量を調べられたのは初めてです。気をつけないといけませんね。

税関ではDHを持っていないか聞かれました。持ち出し制限がある様です。なるほど、出国検査の先の売店はユーロ表示です。

ということで無事搭乗出来そうです。カウンターの人が言っていたESTAがちょっと気になりますが、まあなんとかなるでしょう。

次回はアメリカです!

26日目 アメリカン

この国の入国セキュリティチェックはやたらに厳重です。今まででスルーされていたトラベルクッカーやベビーパウダーまでなんども開けてチェックされました。審査は自動マシンがあったので勉強にやってみました。入国カードに書く内容を端末で入れられるのでとっても楽です。マシンからは申し送り用の紙がでてくるのでそれを審査官に渡します。結局最後は人力なのですね。ちなみにESTAはあらかじめオンラインで登録しておけば紙は不要でした。

アメリカは旅行するのにちょっと難しいなと思うことがあります。それはいかにも外人のフリがしにくいということ。ヨーロッパやアフリカではアジア人は珍しいので向こうもそれなりの扱いをしてくれますが、アメリカの場合はアジア系の住人も元々多いので、こちらが日本人でも現地人と同じ様な扱いをされてしまいます。

街までの列車に乗ります。アナウンスはとても元気よく、ハキハキ駅の名前を言ってくれます。乗客は男も女もくるぶし足組で目を合わせたらニコリ。かっぷくのいい人が多く、人種も入り混じっています。トイレはもちろん無料^_^。今までなんとなく一緒に思っていた欧米ですが、こうやってヨーロッパから入るとアメリカの特徴がつかめて面白いですね。

ちなみにトイレが無料なのは今まで中国とスイスくらいでした。日本では当たり前の無料トイレ。これからはありがたく思って暮らせるので前よりも幸せです(^_^)。

今日は国内線への乗り継ぎなので軽く中心部を歩いた後、ミッドウェイ空港まで移動しました。この空港、入ってもなんとチェックインカウンターがありません。LCCのSouthWest航空専用みたいになっていますから、オンラインチェックインとなるのです。受託手荷物がある場合のカウンターはあります。

この航空会社ソースウェスト、ちょっと変わっています。なんと航空機は好きな席に座っていいのです。チェックイン順にゾーンが割り当てられていてその順に搭乗となります。その中でも先に並んだもの勝ちなので慣れた人は先を読んで動いていました。

時差はモロッコからマイナス6時間。機内食も変なタイミングで出たので体のリズムがうまくとれません。お腹が空いたので空港のフードコートでホットドッグを頼んでみました。おお、アメリカンサイズ。ドリンクもいかにもこちらの人が好きそうな薬っぽい香りです。

今まで活躍してくれたルータPWR-Q200がうんともすんとも言わなくなりました。MightySIMをiPadに挿入したら動作するのでルータの規格の問題っぽいです。今までご苦労様でした。その代わりこっちはboingoのホットスポットが充実しているので移動中以外は問題なさそうです。

さて今日も移動で忙しいですがもうひと息です。大陸横断鉄道の東海岸の始発点、ニューヨークへ向かいますよ!

26.5日目 ニューヨークから行きたいかー!?

アメリカ大陸を横断する鉄道はAmtrakという会社(正確には企業共同体)で運行されています。東から西へ大陸横断するには一旦シカゴで乗り換える必要があり、ニューヨークからシカゴまでの路線は五大湖沿いを走るLake Shore Limitedと内陸に回り込むCardinalの二種類があります。Cardinalの方がやや時間が長く、運行はレイクショアミリテッドが毎日運行なのに対してカーディナルは週3回の運行となります。シカゴからカルフォルニアまでは2泊3日のCalfornia Zepherが繋ぎます。

ニューヨークの地下鉄とバスは現金かメトロカードと呼ばれるチャージ式のカードを使って乗ります。現金でバスに乗るには25セント硬貨を大量に入れたり乗り継ぎする場合は運転手にトランスファーチケットを貰わなければいけないなどちょっと煩雑ですりメトロカードの場合はカード代1ドルが必要ですが10ドル分買えば99セントおまけで付いてくるのと乗り継ぎが自動識別なのでそちらの方が簡単です。メトロカードは自販機で買えます。

さて、明日乗るCardinalは朝7時出発です。時刻は午後9時。せっかくなのでニューヨークの雰囲気だけ見ようとタイムズスクエアに行ってみます。場所は地下鉄の紫ラインのその名もTimesSquare駅。それがあるマンハッタン島に近づくと電車からは見事なビル群が見え始めます。アメリカ最大の都市ニューヨークの中心部に入ります。

タイムズスクエアは駅から歩いて5分くらい。なんてことない日の夜にもかかわらず、そこはお祭り状態。どこかで見たキャラクターの仮装や大道芸人、ミュージシャン、そしてたくさんの人々集います。観光地らしくカメラを構える旅行者もよく見かけました。

人に酔いそうだったのでぐるっと廻って再び地下鉄へ。次は定番、自由の女神です。と言っても銅像のある島へはフェリーで行かねばならず、ちょっと大変です。そこで見るだけなら別の方法があるのです。マンハッタン島の最南端、Battery Parkまで地下鉄赤ラインで行けば、対岸に自由の女神を見ることができます。

この日は工事があり、赤ラインが封鎖されていたので別の路線で乗り継いでなんとかバッテリーパークに到着。海が見える場所まで歩いて行くと、、、おお、本物!指先ほどの大きさでしたが自分の中の現物を見たフラグをまた一つ立てることが出来たのでそれで満足です(^_^)

遠回りしたおかげでもう時刻は午前1時。アムトラック発車まではわずか数時間なので発車駅のPenn Stationで朝まで過ごす事にしました。この辺りの夜は治安が心配なのです。駅の中にはアムトラックのチケットを見せると入れる待合スペースがありました。電源もあり安全です。

シカゴまではCardinalもLake Shore Limitedも1泊2日。1日分の食料を近くのコンビニで買い込み朝を待ちます!( ̄^ ̄)ゞ

27日目 Cardinal

朝のニューヨークペンステーションは賑わしいです。カーディナルは朝6時55分発ですがキオスクやパン屋はもう空いており朝ごはんのマフィンとコーヒーを買う事ができました。買い出しは当日でも良かったようです。

アムトラックの搭乗は航空機の様なゲート方式。出発の15分前になったらゲートが指定されるのでそこから搭乗します。

カーディナルには寝台と座席があります。僕は座席にしたのですが、なんとフリーシート。始発の特権です。カーディナルは是非ニューヨークから乗りましょう。がらがらだったので街並みを眺められる左側に陣取ります。チケットはETicketのPDFをスマホで見せれば大丈夫でした。全体的には右側の方が視界が開けていることが多かったのでお好みで。

座席は寝台の5分の1の値段なので全く期待していなかったのですが、、これがかなり快適です。座席の前は1メートルくらい空いておりフットレストはもちろんの事、レッグレストもあり腿部を支えてくれます。座席幅も広くリクライニングも十分。電源プラグまで完備です。ヨーロッパの超特急の1等より広いです。ちょうどドイツ車からアメリカ車に乗り換えたような感じですね。

トイレも広く清潔。飲料水のサーバーもあります。フリーのオープシートなのでコンパートメントは気を使うからという人にもおすすめです。これはどこかのシ◯リア鉄道の比じゃないな、と思いつつもあのレトロでうるさく汚く狭い車両での暖かみのある人々との共同生活が懐かしくも思えます。

列車は静かに滑りだします。駅舎を抜けた左手には朝焼けに映えるエンパイアステートビルとマンハッタンの素晴らしい光景が待っていました。朝出発するCardinalならではの眺めです。

景色はニューヨーク市内から地下鉄では見られなかった郊外のいかにもアメリカらしい住宅街へと移り変わります。

広い窓に快適な席、飽きる事のない景色。昨日まで大西洋を渡る為に長い間飛行機に乗っていたからか、今日乗ってみてやっぱり鉄道はよいなとつくづく感じました。

26.5日目 森の中

探検隊が森に入り奥へ奥へと進むとある所から進んでも進んでも、それ以上奥へと進めなくなりました。なぜでしょう。

答えはそこが森の中心だから。進めば進むほど森の外に向かっていくという有名な頭の体操。

地球を西へ西へと半周余り。ここから先は進めば進むほど元の日本に近づいて行きます。

デラウエア川が見え始めると、やがてアメリカ第4の都市、ペンシルバニアです。終点シカゴまでの乗客はポツポツと乗ってきますが車内はとても静かです。このLCCで2時間の時代にわざわざ電車で24時間以上かけるなんて観光客以外いませんよね。

Amtrakの車内はラウンジカーで寝台客とコーチ客が仕切られています。中央にカウンターがあり、それぞれの客はそこを横断する事は出来ないルールです。

カウンターではコーヒーやソフトドリンクを購入することが出来ます。価格は12ozで2ドルとそれほど高くありません。コーチ客もラウンジを利用できますが、はっきり言ってラウンジよりも座席の方が座り心地がいいので食事の時以外はあんまり利用価値は無かったりします。窮屈な寝室を抜け出す為にわざわざ食堂車の座席をお願いして使っていたK3での事をまた思い出してしまいました。

さて、窓の外はまた水辺。今度は川ではなく海です。ボルチモアは大西洋から伸びるチェサピーク湾の奥にあります。何気ない海ですがこれでしばらく見納めです。次に見る海は、、そう、4日後の太平洋です!

がらがらだった車内もワシントンDCでの停車でたくさんの乗客が乗り込んで来ました。隣の人はチャールストンの母親に会いに行くそうです。夜までの短い付き合いです。席の上には手書きでそれぞれの乗客の行き先がメモされています。石標も手書きで管理されておりアナログ感が漂います。ぐるっと見渡すとワシントンからの乗客はほとんどシカゴまでは行かなさそうです。この地域からは飛行機を使うまでもない短距離の利用が多そうですね。

ワシントンDCでは1時間弱の停車があります。念のため車掌さんに断って駅の中を見てきました。ファストフードがたくさんあるので、昼ごはんを追加で買ってきました。売店も一応ありますが、アルコール類はなぜか無く、品揃えもニューヨークの方が充実してました。買い込みはあらかじめしておきましょう。

ワシントンDCからは南向きだった進路がいよいよ太平洋の方向である西向きに変わります。景色は一変して林の中。頻繁に目に入る地面からの反射がこの辺りがもともと湿地帯である事を思い出させます。レールからは不思議な「唸り」が聞こえます。まるで人の声の様で驚かされます。速度は時折15キロ位になり今にも止まるのではというスピードで、それでも進みます。こののんびり感が良いですね。

カーディナルは自転車速度のまま、やがてCharlottesville駅に辿り着きます。この駅では10分間停車するので外に出ている人もいます。ここを過ぎると山の州であるウエストバージニア州に向けて徐々に今まで見られなかった山々の姿が現れて来ます。州の境界までは低山が並ぶ間を走ります。ところどころには小さな街が現れ列車が停車します。

車掌さんが元気よくウエストバージニアに入りましたよと車内アナウンス。山の緑色はほのかに色づき始めます。もう季節は10月、山は紅葉の季節です。この辺りのキャンプ場のメッカ。たくさんある敷地にはキャンピングトレーラーが所狭しと並んでいます。(テントではありません!)

列車は急にスピードを上げて山の間のコーナーをパスし始めます。時速70キロ程度なのですが今までの自転車速度に慣れてしまったので妙にスピード感を感じます。後ろに連結されている座席車からは渓流沿いのカーブをクネクネ曲がるカーディナルの姿が見えて格好いいです。

出発してからはや13時間。全く飽きること無くずっと車窓を楽しめている事に驚きます。西向きに進みながらの長くて短い一日がまた終わり、窓には夜の暗幕が降ろされます。列車はウエストバージニアの州都、チャールストンに到着。車内は乗客が減り再び静寂を取り戻します。

カーディナルのコーチには毛布や枕は無いので乗られる方は用意しておいたほうがいいと思います。僕は持ってきた寝袋を使いました。リクライニングが今までになく快適なので今日はよく眠れそうです。時刻表によれば明日の朝にはオハイオ州を通り越してインディアナ州にいるはずです。その先はアメリカ第3の都市、シカゴです!といっても昨日そこに居たんですけどねf^_^;

28日目 最初のフィナーレ

チリリリリン

誰かの目覚ましの音で目が覚めました。外は橙色の街灯の光。どこかに止まっている様です。

ふと横を見ると座席が空になっていました。チャールストンで乗ってきた人はインディアナポリスで降りると言っていたので恐らくその辺りでしょう。人がまた乗ってきて空いた座席はすぐに埋まります。気がつくと周りはみんな終点のシカゴ行きになっていました。

明るんで来た空には満月が浮かびます。すでに険しい山の影は無くなりインディアナのなだらかな農地に建つ倉庫群の白い壁が月の光を反射します。

やがて州の境界近くになり食堂車の終了がアナウンスされます。この辺りの風力発電用の風車の数には驚かされます。バルト海周辺で見たそれを凌ぐ量。まるで街の電柱の様に並んでいます。

列車は北に境界線に沿うように進みます。イリノイ手前最後の駅、Dyerの辺りになると景色は農地から密集した住宅街になり、都市が近い事を予感されられます。

境界を越えタイムゾーンは中部時間になり1時間戻ります。シカゴユニオンステーションへの最後のアプローチ。時刻表を見ると約30分の遅れにも関わらず、カーディナルは時速15キロ。自転車並みの速さでのシカゴの住宅街を向こうに見えるビル群に向けてのんびりと進みます。まったく鈍足列車マニアにはたまらない路線です(´・Д・)」

28.5日目 シカゴ問題

シカゴユニオンステーション。その宮殿の様な造りにはヨーロッパで見てきた駅を思い出させられます。アムトラックのプラットホームは北側と南側に分かれ、立派なホールが中央に位置しています。

ゆっくり見学している暇はありません。カルフォルニア行きまではわずか3時間。その間にしなければいけない事があります。

まずは駅を出て近くのウォルマートで3日分の食料の買い出し。そして、国内線のセキュリティチェックで捨てられたアルコールの補充です。スプレーボトルも手に入りました。こちらのアルコールは日本の1/3位の価格でした。

駅に戻りトイレの個室に入ります。服を脱ぎ全裸。アフリカを出てから4日間と時差分、ずっとシャワー無しだったのでもう限界です。

買ってきたアルコールをスプレーボトルに入れ、身体にたっぷりつけてセームタオルで洗います。水では石鹸があってもなかなか皮脂が取れませんが、アルコールを使うと段違いにさっぱりするのです。ベビーパウダーで仕上げると肌もさらさらして風呂上がりの気持ち良さです。

それにしても、頭を洗いたい、、、痒さを通り越して頭皮がマヒして来ています。個室には洗面台はないし、トイレにはたくさんの人が往来しています。

うーむ。

、、、

これから3日間の苦痛>いっときの恥

o(`ω´ )o

人々次々に使っている洗面台の一つにおもむろに頭を突っ込みます。温水手洗いなので超気持ちいいです。買ってきたシャンプーで一心不乱に頭を洗います。もう恥ずかしさはどうでもよくなりました。

人間、映画やドラマのエキストラとは違い、実際に変人を目の前にしても意外と見て見ぬふりをするものです。とくに通報や注意される事なく事を終えました。セームタオルタオルで乾燥させ周りを綺麗に掃除して何事も無く立ち去ります。

生まれ変わりました。これで後3日間耐えられそうです。

このシカゴシャワー問題、海外の掲示板でも議論されており、近くのスポーツクラブの体験を使ったり公営プールを利用するなどのテクニックもある様です。

ちなみにちゃんと寝台にすればシャワーがあるので貧乏人以外はマネしないでくださいね(・ω・)ノ

28.6日目 シート

Calfornia Zepherのシートは西向きの時には右側が定番です。ただ、この車両、窓際でも真横が柱で何も見えないの地雷席もあります。

シートの選択は自分では出来ません。システム的には乗車時に来た順番に車掌さんがシート番号の札を配るというもの。正に運。ただ、窓際が優先されて配られるので早く並ぶに越したことはありません。

この並ぶのもポイントで、一般乗客はグランドホールで待たされて、乗車が近づいたら車両番号で呼び出し、そこで隊列が組まれます。ここでいかに隊列に早く並ぶかが肝なのです。(ちなみにそれよりさらに先にシニア乗客が優先されます。)

なんとしても窓際だけは死守したい所です。呼び出しカウンターの真横で露骨にうろうろしながら待ちます。さっきのシャンプーの件といい、日本人の恥ですごめんなさい´д` ;

呼び出しがありました。順番は2番手。隊列でプラットホームに誘導されます。するとなんと更に先回りしている人達が(;゜0゜)どこから情報を得るのでしょう!?まずいです。

なんとか取れた席は51番。左側の窓際です。定番の右側ではありませんが柱がない席でまあまあです。

それにしても一生に一度のこの路線、出来れば右側に座りたかったなと欲が出ます。下にいる車掌さんにお願いしてみようかな!?頼まないで後悔するより頼んで断られた方が後からすれば遥かに気が楽なものです。

緊張しながら下に降りてみて恐る恐る車掌さんに言って見ると、、、なんとオッケー\(^o^)/あとで調整してあげるよとのこと。なんでも言って見るものですね。

ということで柱のまったくない通用階段近くのこの車両で最高の席に座ることが出来ました。別目的地用の予備席だったみたいです。車掌さんありがとう(;▽;)

28.7日目 車内探検

カルフォルニアゼファーのコーチ席は観光バスの様に二階建ての二階の席なので元々見晴らしがいいのですが、接続されているパノラマカーは広い窓に天窓とまるで動くビニールハウスです。シートはテーブルの他、間横向きのシートもあり景色を存分に楽しめます。寝台の乗客は主にここに居るのでいつも賑やか。みな旅を楽しんでいる感じがします。

カフェもカーディナルと比べて明るい雰囲気。ドリンク軽食メニューはカーディナルとほぼ同じでした。食堂車のメニューは車両毎に違う模様です。夕食は予約方式。あらかじめ日にちと人数を伝えておくと半券が貰えますので書いてある時刻に食堂車に行けばオッケーです。

車両によっては渋滞で問題になるトイレは一階に5つもありました。一つはパウダールームになっており広く使える様になっています。

コーチ席の予約管理はカーディナルと同じくアナログ札方式でした。周りの人達がどこまで行くのかが一目でわかるのでこれはこれで面白いです。

席には電源が完備です。タブレットを接続しておきmaps.meなどのGPS地図を出しておくと鉄道の旅の楽しみが倍増します。一応、観光列車なので車内アナウンスでポイントを教えてくれますが、それより先に見所を知ったり気になる建物の名前を調べたりも出来ます(^_^)

さて、列車は広大なトウモロコシ畑の中を西に向かいます。南東にはシカゴに来る時に見えた風車群が滑らかな波状の黄色の絨毯の奥に頭を覗かせています。

呼吸する様に鳴り響く列車の汽笛とほのかな燃料の焦げた匂い。賑やかなパノラマカーに比べて始発のコーチ席は人もそれほど多くなくとても静かです。途中駅ではどんどん人が乗り込んでくるでしょう。今限りの静かな午後のひとときを楽しみます。

28.8日目 夕日の中へ

ミシシッピ川に架かる長い弱の橋を越えるとアイオワ州、バーリントン駅です。

この川はアメリカの南北を流れる川で多くの州の東西の境界線となっています。地図を見ると川の蛇行がボーダーと一致しているので一目でわかります。世代によっては昔のコンピューターゲームを思い出させられます(_)

アイオワ州に入ってからも意外に乗客は乗ってきません。曜日の関係もあるのかもしれません。

風景は再び広大な農地。時刻は18時30分。日は傾き刈り取られ畑の黄色を橙色へと染めます。ディーゼルの煙が辺りを囲み、遠くの鉄塔を幻想的にぼかします。列車の進行方向にはちょうど夕日。眩しい光の中に向かってカルフォルニアゼファーは飛び込んで行きます。

29日目 マイルハイ

喧騒に目が覚めます。時刻は朝8時半。冷房が強めなので寝袋を使ったのですが、2人掛け席に一人なのもあって、いつもより多く寝てしまった様です。

外を見ます。どうやらどこかの駅の様です。大きな造りが大都市であるの事を物語っています。コロラド州デンバーです。寝ている間にネブラスカ州は通り越してしまった様です。

8時半のつもりでしたが時差はさらに戻り7時半とです。この頻繁に時計を修正する感覚。あのシベリア鉄道を思い出させられます。

コーチの乗客の約半数はここで下車する様です。慌ただしく荷物を持って支度しています。入れ替わりにそれ位の乗客も乗り込んで来るので社内の人口密度はそれほど変わりません。

停車時間は50分間。運動がてら駅の中を散策してみました。デンバーはマイルハイシティと呼ばれ標高が1600メートルの所にあります。駅はホテルになっていて一階にアムトラックのチケット売り場やカフェなどが並んでいます。朝食はここで食べても良いかもしれませんね。売店は見当たりませんでした。

朝ごはんは日本のそれをはるかに凌ぐ甘さのオレオとカフェカーで買ってきた2ドルのコーヒー。Calfornia Zepherのカフェはレストランが開いている時は閉まってしまいます。知らずに行っておばちゃんにそう言われたのですが、気を利かせてコーヒーだけ作ってもらえました。ありがたや。Amtrakのコーヒーは安くて美味しくて量もあるのでおすすめです。ちらっと覗いた食堂車はすごく混んでいました。

列車は再び進み始めます。窓の外は昨日ののどかな農園風景から一転、工場の立ち並ぶ現代的な景色へと変わっています。その平たい街並みの西、列車の進む先には山々の影が朝もやの中に浮かびます。今日はいよいよカルフォルニアゼファーのハイライト、ロッキー山脈越えです!

29.1日目 ロッキー越え

デンバーからの乗客のほとんどは山脈を越えたグレンウッド温泉で降りるらしいです。つまり、このロッキー山脈の区間はここだけを見たくなる位、景観に優れている事を意味します。

ここから先、最初のカーブ以外は絶対に右側を陣取ってください。線路が山肌の右側に設置されてるからです。パノラマカーは凄い人だかりなのでなるべく早目に。

やがて街並みがなくなり山が近くなります。地図を見ると線路がこの先で急に蛇行している事に気付きます。ロッキーへの入り口、ビッグ10カーブです。この名前、カーブと直進が0と1の様に連なっているのと角度10度を超えている事から名付けられたそうです。(ちなみにここだけは左側の景色がおすすめです。)

高度を上げ開けた視界の先にはデンバーの街並みと点在する湖。コロラドの赤い大地に緑色の芝のコントラスト、遠くには風車が回転しています。青空に浮かぶ雲の隙間からは光のカーテンが帳をおろし、朝もやと早朝の斜光が山の形をくっきりと浮かび上がらせます。

この時間にここを通過させるなんて、まったく粋なタイムスケジュールです。

ここからは23のトンネルを抜けます。トンネルといってもそれぞれは短く、それらを抜ける度に景色が七変化するのが見ものです。

赤く焼けた岩肌が列車にぶつかるのではという位の距離で接近、カルフォルニアゼファーが暗く狭いトンネルを蛇行しながら抜ける様は正にディズニーランドのビッグサンダーマウンテンそのもの。ところどころにある街並みも西部の雰囲気を引き立ててくれます。

車内の空気も面白いです。アメリカの映画館の様な感じ。みんな素直に景色の変化に感嘆しとても賑やか。こちらも気分が盛り上がります。

Calfornia Zepherはやがて高原に辿りつきます。剥き出しの岩肌に針葉樹が伸びます。線路沿いには林も点在しており、この季節はちょうど紅葉の時期で黄金色に染まる車窓を目にする事が出来ました。

Fraser川沿いに走る線路を抜けるとリゾート地Granby。のどかな牧場に別荘群、なんとこんな所にゴルフ場まであります。列車はグランビー駅に停車します。

右側を流れる川はコロラド川へと変わります。水が前方に流れている事が列車が徐々に高度を下げている事を意味します。その向こうには真っ黒な牛が放牧されていました。

列車は徐々にスピードを上げ再び渓谷に突入します。ロッキー山脈独特の赤いチョコフレークの様な岩肌と奇石の真横を縫う様にすり抜けます。そして再び高原。その先には更に深い渓谷が待っています。まったく飽きさせません。(ちなみにこの辺りは左側が開けています。)

ところで意外と景色を見る穴場なのが一階の出入り口。パノラマカーは混雑しているのですがここはたまにしか人が来ません。開閉可能な窓もありますが、乗客だけでは勝手に開けてはダメなので注意。何回も通ってると同じ顔を見るので社交場みたいになって面白い場所でもあります。

さて、カルフォルニアゼファーはコロラド川に沿ってどんどん高度を落とします。岩肌は赤く角ばったチョコフレークから一時、白く滑らかなバニラアイスに変わります。

横を並走していた田舎道コロラド川道路はいつの間にか幹線道路に合流して大型トレーラーが走り出します。再び渓谷へ。川の水量も徐々に増します。その先はグレンウッド温泉です。

29.5日目 原野を超えて

温泉プールで有名なグレンウッドではほとんどの乗客が降りてしまいました。乗ってくる乗客も少なく車内はとても静かでちょっと寂しくもあります。

列車はコロラド州最後の駅、グランドジャンクションへと向かっています。この名前はColorado川とGunnison川が交わることが由来で化石で有名な街なのだそうです。

高速道路とコロラド川、そして鉄道の三本の線は編み物の様に織りあいながら巨大な山の壁で囲まれた盆地を西に伸びます。

右手に街の象徴であるMt.Garfoldが見え始めると間も無くGrand Junctionです。

この駅での停車時間は長いので売店で買い物が出来ます。田舎の駅だからか価格はやや高め?です。構内にはかっこいいAmtrakポスターがいくつも掲げられています。もちろんCalfornia Zepherのもちゃんとあります。

さあ、間も無くユタ州です。カルフォルニアまであと2つです。列車は農園を抜け再び山へ入ります。いままでのそれとはまた異なる水平に筋が入った岩肌。上方がマイタケのように飛びてており奇石好きにはたまらない造形。日は傾いてきており、よりはっきりと浮き出て見えます。

山を抜けたら後は延々と原野が続きます。絞った酒粕の様な丘と遥か先の石の壁のテーブル。たまに野生動物も見かけました。ほんと、こんな所に取り残されたらどうすればいいのでしょうね。人1人なんてちっぽけなものです。でもこんな所に鉄道を敷いてしまう人の団結した時の力は凄まじいです。

日も暮れた頃、Helper駅に到着。山に囲まれたこの駅の名前は列車を登らせる為に補助車両を使ったのが由来だとか。

アナウンスが鳴り8時の夕食予約の呼び出しがありました。今日は最後の夜なので食堂車に挑戦してみるのです(^o^)

29.9日目 看板メニュー

カルフォルニアゼファーの食堂車の夕食は予約制です。係りの人が昼間聞いて周るのでお願いすると時刻カードが貰え、その時刻に呼び出しがかかります。

僕は1人なので相席になります。同席の人はフロリダで整体院をやっていて日本の指圧も勉強しているらしく興味を持ってくれました。今回は学会でソルトレイクに行くのだとか。仕事でカルフォルニアゼファーに乗れるなんて羨ましいですね。

僕が注文したのはその名もアムトラックステーキ。これを食べてみたかったんです。いつもよりちょっと高めですが、今回の旅、最後の夜なので自分でお祝いです。量もたっぷりのアメリカンステーキは柔らかくてとても美味しかったです(^o^)

ソルトレイクに近づくにしたがって街の明かりも増えて窓の外は宝石の様にきらめきます。この絶妙な時刻設定に関心します。

さて、明日はいよいよサンフランシスコ。鉄道世界一周2万キロのゴール地点です。短い様で長かった旅もこれで終わりです。最後の車窓からの夜景を味わいながら寝袋に包まりました。

30日目 シエラ

白い大地と滑らかな山々。ラスベガスで有名なネバダ州の朝の景色はコロラドやユタとはまた異なるものでした。所々の街にはカジノの看板がぼんやりと光っています。

時刻はさらに1時間戻り6時50分。車内放送でカフェのオープンが知らせられます。寝ぼけながら数車両先のカフェに行っていつものアムトラックコーヒーをいつものおばちゃんに頼みます。チーズサーモンのサンドもおすすめされましたがそろそろ現金が無くなりそうなのでやめておきました。(ちなみに車内はクレジットカードも使えます)

結局、二人がけコーチ席の隣には誰も予約されなかったみたいです。お陰で寝心地は良かったですが、カーディナルの時の様な人が次々に入れ替わる鉄道ならではの楽しさがないのはちょっと残念でした。

GPSを見るとサンフランシスコまではあと500キロ。もう目鼻の先です。2万キロも走っていると感覚がマヒして500キロは至近距離に感じる様になります。

カルフォルニアとネバダの間にはシエラネバダ山脈が横たわっています。Great Basinはその手前とソルトレイクにまたがる乾燥地帯で水は海に流れずすべて蒸発してしまいます。世界で一番大きく小さい街と呼ばれるRenoはその乾燥地帯からシエラネバダ山脈に入る玄関口にあります。

停車時間は長いのですが駅の中はシンプルで売店などは見当たりませんでした。運動不足なのでプラットホームでウォーキングして時間を潰します。車内は禁煙なのでその為に毎回ホームにでてくる面々も決まってくるので毎回外に出てみると顔見知りなって面白いです。駅に停まる時に喫煙時間が十分にあるかはアナウンスされるので必要な方は注意して聞いておくとよいでしょう。

列車はシエラネバダ山脈に入ります。横にはTruckee川。この川、流れが海とは反対の後ろ向き。最終的にはネバダ州のPyramid湖に流れ着いてそこで蒸発してしまうのです。なんだか不思議ですね。

Truckee駅を過ぎてからは針葉樹林と水の豊富な湖の景色が楽しめます。乾燥地帯から来ると見慣れた景色でも新鮮に感じます。右手下方に大きなDonner湖が見えます。列車は高度感のある峠をゆっくりと進みます。高い所好きにはたまらない展望です。峠道もかなりタイトなコーナー。こんなカーブも曲がれたのかカルフォルニアゼファー。

30.2日目 サクラメント

お昼になりお腹が空きましたが、もうお金も無いので買ってきたバンズとスライスチーズでチーズ(だけ)バーガーを作って食べました。物価の高い北欧で編み出した貧乏レシピの一つです。他にもダブルチーズ(だけ)バーガー、ビックチーズ(だけ)バーガーなどバリエーションも豊富です。早く日本のおにぎりが食べたいです(・Д・)△

窓の外は次第に住宅が多くなり大きな街が近い事を予感させられます。かつてゴールドラッシュに沸いた街、サクラメントです。最初に渡る大きな川がアメリカン川、二番目に渡る川がサクラメント川。二つの川が交わる場所にこの街はあります。

駅を出発したすぐ左手、サクラメント川に浮かぶ客船を利用した複合施設、デルタキングも見逃し無く。(僕は見逃しました)

サクラメントを過ぎて乗客はとうとう僕を含めた大陸横断組だけになってしまいました。景色は見渡す限りの湿原が続きます。時刻表を見ると、やや前倒しして走っている様です。この先、搭乗の予約も無いのかもしれません。車掌さんは既に手際よく車内を掃除し始めています。明日の朝にはこの列車はまたシカゴに向かう事になるのです。

30.3日目 最終目的地へ

列車は一時間前倒しのスケジュールでベイエリアのマルチネスを発車しました。アメリカンらしい豪快な省略っぷりです。

カルフォルニアゼファーは長距離走の最終トラックの様にゆっくりとイーストベイを周回しながら最後のゴールに向かって進んで行きます。列車のすぐ2メートル先は水面。山あり森あり海ありの素晴らしい景観列車でした。

そして列車は静かに最終目的地、エメリービルに停車します。横断組は歓声。とうとう到着です。

最初の席の融通から色々わからないことを教えてもらったりと3日間お世話になった車掌さん。少しですがチップをあげて一緒に記念撮影してもらい別れをつげました。他の横断組ともここでお別れです。

さて、ここからサンフランシスコまではシャトルバスにのります。バスは駅の前から出るのでチケットを見せて乗客します。なぜか隣の人にコーヒーをおごってもらいました。日本好きで何度も京都に行っているのだとか。みんな親切でバスに乗りながらビルや橋の名前を教えてくれたりしてくれました。

バスはTransbay Temporary Terminalまで着きました。ここから最終目的地、ゴールデンゲートブリッジに向かいます。本来ならPresidigoという無料シャトルバスがあるのですが、残念ながら時間外。Golden Gate Busを使います。ターミナルに案内図と料金表があるのでちょっと離れた乗り場で乗り込み現金で払います。ゴールデンゲートブリッジに着いたら大声で教えてくれるので間違えることは無いと思います。帰りはローカルバスとBARTを乗り継ぎます。

しばらくサンフランシスコの街並みを見ながらバスに揺られます。やがてバスは街を抜けスピードをあげます。見えました。ゴールデンゲートブリッジです。

橋の袂では旅行者や自転車で到達した人達が思い思いに写真を撮っています。夕日に映える真っ赤な橋。その隙間から見えるのは、、太平洋です!

日が落ちる空と海の境界。他の海となんら変わりないその風景。それでも今はそれに特別な意味があります。過ぎ行く時間も忘れてずっと水平線のその先を眺めていました。

31日目 無くなった日

深夜1時のサンフランシスコ国際空港。最初に日本を出てからちょうど1ヶ月。日付変更線を跨いだ先はもう次の日です。つまり今日は僕にとっては「無かった」一日となります。そしてその分の時間はこの一ヶ月で少しづつ「使ってきた」ということになります。なんだか不思議な感じです。

さあ、航空機は西に向けて最後のフライトに入ります。「世界の果て」に向けて!

最終日 西の果てにあったもの

小さな窓から見える青い空に無限に続くかのような鰯雲。垣間見える見慣れた海岸線の造形。世界に二つと無い故郷の海の色。出発時の残暑は東の彼方に消え、すでに冬の足音が聞こえ始めています。

着陸のアナウンスが始まり客室乗務員が慌ただしくなります。西の果てには確かに自分の場所がありました。

旅の目的の一つは「フラグを立てる」事です。現物を見た、何かを達成した、それぞれのフラグはその後の人生の満足感につながります。

死ぬまでに一度、世界一周してみたいという欲求は誰もが持っています。飛行機でそれをするのは簡単です。しかしポイントポイント間の記憶は離着陸時の都市絶景と雲海と暇潰しの機内ビデオの内容くらいでしょう。豪華客船でそれをする人もいます。思い出にはすばらしい夕暮れの水平線と船内のカジノで勝った記憶が残ります。自転車や徒歩でそれをする人もいます。過程には詳細な思い出が残るでしょう。しかしそれには膨大な時間と労力、そしてある程度の生活の犠牲が必要になります。

この世はフラクタルです。世界的に見れば暑い所もあれば寒い所もあります。ドライな人種もいればウエットな人種もいます。几帳面な人種もいればルーズな人種もいます。あるひとつの国を見ても同様です。地方により比較的暑かったり寒かったり、人の性格も場所により傾向が表れます。ひとつの町、ひとつ学校や会社などの社会組織、ひとつの家庭ですらその構成員それぞれの傾向で分別されます。

世界というのはひとつの家庭と同じだと思います。兄弟や親子でそれぞれの性格が異なり仲が良かったり喧嘩したり、世話をしたりされたり、それでもそこからは簡単には出られないのでなんとか折り合いをつけて人それぞれなんとか暮らしています。

1か月間というのは社会人でも頑張れば(法的には)生活を犠牲にせずに、用意出来るギリギリの期間です。そして鉄道での世界一周は必要時間と得られる経験、満足感の折り合いでは第一の選択であると僕は思います。

旅は「違い」を知る事であると書きましたが、それは裏を返せば「同じ」を知る事でもあります。この記事を見た人が一人でもこれをきっかけに旅をしてみて、この満足感と共に、「世界」と言うものはひとつの「家庭」と同じなんだよという事を実際に感じてもらえるのであれば、それは僕にとっての何よりの幸いです。

最後に駄文にも関わらずご声援を頂けた読者の方々、どうでもいい到達自慢話でも頑張ったなとねぎらってくれた友人達、旅先でコミュニケーション下手な僕に気さくに声をかけてくれた旅行者の方々、そして何より僕に一か月という長いムダな時間を理解して与えてくれた家族に感謝します。世界旅行者にとっては一か月なんて超がつく位の短期間、長い人生の中ではほんの一瞬の出来事です。そんなちっぽけな一瞬の出来事でも僕にとっては大切な大切な一生の宝物です。本当に本当にありがとうございました。

目次

シベリア鉄道+Eurail+Amtrakたった一ヶ月で世界一周鉄道旅行する方法

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