シベリア鉄道で北京からアフリカモロッコまでユーラシア大陸横断する日記(シベリア鉄道編完)

Wikipediaより

シベリア鉄道編

0日目 出発

搭乗2時間前に国内空港に到着しました。すでにチェックインカウンターは中国人観光客で長蛇の列。食料を段ボールに入れてきたのですが、噂では段ボールは100パーセント開封されるとのことなので心配していたのですが、難なくセキュリティチェックを通過しました。中にはぱっと見、爆弾っぽい外見の旅行用コンロも入っていたので面倒にならなくてよかったです。乗り換えの中国国内線では一旦手荷物を受け取って再度チェックインになりますので、まだ油断は出来ませんね。

ローミングSIMを購入したと書きましたが、加えてWiFiのホットスポットの契約もしておきました。boingoというサービスで世界中のホットスポットサービスと提携して一つのアカウントで使うことができます。iOS用の契約としてApple経由で支払う事もできるのですが、なぜかうまく動かず、そちらは払い戻し請求して、boingoのサイトでPayPal支払いでアカウントを作ることによりうまく登録できました。空港で使ってみたところ、Webは問題なく動くようです。ホットスポットによるのか、ポート指定のアクセスは通りませんでした。

午後、乗り継ぎの上海に着きました。ここから北京に向かいます。荷物検査は国際線より厳しかったです。モバイルバッテリーの容量を注意深く調べられました。ガイドブックレスにするためにバッテリーは生命線です。ここで捨てていくわけにはいきません。容量的にはなんとかクリア。ヒヤヒヤです。

上海空港の乗り継ぎは自由に使える電源やホットスポットもあり時間つぶしには困りません。掃除用の電源すら蓋をしている日本の空港は見習ってほしいですね(´・_・`)

0.5日目 見えない万里の長城

上海について初めて気づいたことはLINEとGmailが使えないこと。以前は問題なかったのですか、最近になって規制が入ったみたいです。調査不足でした。

乗り継ぎの手荷物受け取りでぼーっとまってると、係りの女性がカートの列を押しながらどけどけと叫んで突っ込んできてひかれそうになりました。もうここは中国です。

北京は雨。到着はかなり遅れて22時です。ここからホテルに行かなければいけません。地下鉄はもう終わりそうなのでシャトルバスで近くまで行ってから歩くことにします。バスは空港出口の目の前。チケット売り場で行き先を書いた紙を出してチケットを買い、乗車場で待ちます。チケットを買う時はスムーズにお金を出さないと怒鳴られます。もうここは中国です。

バスは必要なところ以外には止まりません。もちろん聞き逃して終点まで行ってしまいました。雨の北京駅前夜の12時。かなり緊張します。本当は歩こうと思っていたのですが、タクシーを使うことにしました。タクシーはメーターが付いていますが交渉制です。40元と言われ安いのか高いのかわからず譲る気配もないのでやむなくオッケー。無事ホテルまで着きました。

エクスペディアの一番安いホテル大万酒店。覚悟はしてましたが中国語以外通じません。しかも保証金200元必要とのこと。手元には70元しかありません。なんとか頼んでパスポートを預かる事でデポジット代わりにしてもらいました。セキュリティチェックも厳重で空港ですら開けられなかった段ボールがとうとう開けられてしまいました。部屋は地下の窓の無い部屋。シャワーは水しか出なさそうです。有線LANの口があったのでルーターをさしてみると使えそうです。こんな部屋ですが、それでも今回の旅最初で最後の個室です。ようやく落ち着くことができました。

さあ、明日は旅行代理店citsに行ってシベリア鉄道のチケット引き取りです。預けたパスポート、一時的にでも返してもらえるのでしょうか。不安を残しつつ、冷房が効いてない部屋のベッドで吸い込まれる様に眠りました。

1日目 ATMと人の波

テレビの音で目が覚めました。懐かしいアナログの横に伸びたワイドテレビはどこかのニュースを報道しています。部屋には窓もなく常夜灯もないのでテレビをつけたまま眠ったのでした。今が朝か夜かもわかりません。携帯の時計を見ると7時。日本では8時です。真っ暗な穴蔵の様な部屋でもいつもと同じ時刻に起きれたことに自分で感心しました。

身支度をして部屋を出ます。シベリア鉄道のチケットをcitsに取りに行かなければいけません。安いホテルなので部屋に荷物を置いておきたくないので全部持ち出します。バックパックは担いで行くとして、食料はフロントに預けておこうと思います。

デポジット代わりにフロントに取られたのパスポートを返してもらわなければいけません。うまく伝える自信がなかったので、翻訳した画面を見せると、難なくパスポートを返してくれました。帰ったら200元預けてねと言ってそうです。食料は盗らないから部屋に置いとけと言ってそうです(´・_・`)

citsは大万飯店から300メートルくらいの所にありました。大きいビルです。入り口でバウチャーを見せると7階のオフィスに案内されました。係りの人がシベリア鉄道のチケットを持ってきます。パスポート番号を確認して受領。これで一安心です。

さて、時間はまた午前。お金はあと70元(1400円くらい)。持ってきた食料で食いつなげばギリギリ足りそうな金額ではありますが、海外キャッシングがちゃんと出来るかも確認したかったので、銀行でお金をおろしてみることにしました。

ビルのとなりにはシティバンクがあります。ATMのボックスはその前にあります。恐る恐る入ってみると何やら中国語でアナウンスが大音量で延々流れます。全然わかりません。端末にはカードを挿入してくださいと出てるので、手持ちのカードを挿入。

、、、全く反応しません(;゜0゜)

方向をかえても違うカードをさしても同じ。そういえば、日本で海外キャッシングの確認をしてきませんでした。手元の現金は各国あわせてもわずか。嫌な予感がします、、、。

さらに隣のとなりにはローカルの銀行があります。そこのATMでも同じ。このカードは使えませんみたいな警告がでます。窓口に聞いてもわからないから違う銀行行ってと露骨に嫌がられます。

まさか異国の地で無一文。不安に襲われながらまたシティバンクに戻ります。最悪電車のチケットと食料はあるからヨーロッパまで抜ければなんとかなるかなと思いつつもこのモヤモヤ状態でシベリア鉄道6日間も過ごしたくありません。

シティバンクのATMに戻ると掃除のおばちゃんがいました。なにか紙を指差しながらこちらに話しかけています。紙には、、『本日ATM使えません』え、そうだったんですか。もしかしたらさっきのアナウンスはその事を言ってたのかもしれません。シティバンクの窓口に聞くと、なんとcitsの中のATMなら大丈夫とのこと。結局最初の場所に戻ったらあっさり100元おろすことが出来ました ( ̄(工) ̄) さっきの銀行はなんだったのでしょう

資金が増えたので、明日の視察に地下鉄で北京駅に行ってみることにしました。地下鉄は前は均一料金だったのですが、今回みると距離制に変わっていました。自動発行機はなぜか紙幣を受け付けなかったので窓口で金額を言うと非接触カードがもらえます。空いてて簡単でしかも安い(3元60円くらい)。昨日のタクシーの10分の1です!

乗り換え3回で北京駅到着。階段が多かったので以外と疲れました。僕のバックパックはなんとホームセンターで買った山菜採り用のバックです。丈夫たくさん入るのと途上国に行った時でも目立たない様とのチョイスなのですが、最近の北京は発展してしまって人の身なりも日本と変わらないので麻のバックなんかを担いでるのは田舎の物売りくらい。逆に目立ってしまうことに気がつきました(_)

北京駅の前には黒山の人だかり。コンサートでもあるんじゃないのか位の混み様です。軍服を着た人が何人も銃を持って監視しています。入り口はどこだろうと見渡すも出口しか見えません。奥にある大きな建物はチケット売り場の様です。改札の入り口はいったいどこにあるのでしょう??

巨大な北京駅。その正面、そこには何十列も延々と人が並んでいます。もしかしてと横から見ると、、、そう、入り口はその先なのです。入るだけでもこの黒山の列を並ばなければ行けないということです。

今日見に来て正解でした。明日は乗り遅れない様に数時間前に来ます。

さて、戻ろうと地下鉄の駅に向かうと、、さっきの降りたのはどうやら出口専用らしく、そこからは入れないと表示されていました。それでは入り口は?嫌な予感を再び感じながら向こうを見ると、、

予想通り、そこには地下鉄の入り口の黒山の渋滞(ーー;) もはやここには居たくありません。歩いて帰ることにしました。

地下鉄3駅分も歩くとなかなかの距離でそれだけで観光になります。お腹が空いたので簡単に頼めそうなファストフードの店に入ってみました。

中国語は読めるけど発音がなかなか通じないのが難点です。ラーメンと紅茶を頼んだはずが届いたのはチキンライスセット。どうやら最後に店員さんがこちらの方がおすすめと言ってたのに適当にシーシー答えたのが失敗だったみたいです。

教訓:中国では簡単な注文でも書いて見せること

疲れて気持ちもお腹もいっぱいになったので、この日はコンビ二で買い込んでホテルの穴蔵にこもることにしました。

残金を見ると70元(1400円くらい)。結局、朝と変わってません(^_^;) ホテルのデポジットの200元には全然たりないののでまた頼んでパスポート預かりにしてもらいました。まったく迷惑な客です。

1.5日目 VFXと眉毛がすごい北京の功夫ショーへの行き方

部屋にこもると言いつつ外の騒音がうるさい穴蔵は数時間で飽きてしまいました。

ベットの横を見ると北京の1日ツアーの広告があります。前に行ったこともある観光地が幾つかあります。昼は万里の長城や故宮、夜は雑技か京劇か、、カンフー?

功夫ショーなんてあるのですね。調べてみるとミュージカルの演舞劇らしいです。色々な代理店が最低額保証とうたって広告しています。送迎付きからチケット購入のみまで。

どこが安いのかなとみていると、紅劇場の公式ホームページから申し込むのが安くて現地クレジットカード決済なのでそこで予約してみました。

地下鉄の天壇東門から降りて東に20分くらい歩くのですが、時間があったので北の虹橋市場をぶらぶらしてから紅劇場まで行きました。劇場は幸福大街まで行けばすぐにわかります。

チケット売り場で名前を言うと予約価格で買えます。時刻は開演1時間前になり入場可能になりました。最初は1人だったのですが、30分ほど前になると観光客がたくさん入ってきます。80パーセントが欧米人です。ツアーのオプションで組み込まれてるのでしょう。日本に来てのチャンバラ劇を見るみたいなものですね。

半透明スクリーンを使った先進的な演出。ストーリー仕立てで飽きない演舞。大当たりです。真ん中の席は1万円を超えますが、安い端の席でもでも十分楽しめました。

帰りは体育館路に戻ってバスで1区間だけ戻り地下鉄に入ります。バスの乗り方は入り口で2元を入れるだけです。

ホテルに着いたのは9時過ぎ。夕飯はさっきコンビ二買ったチキンと青島ビールです。

モンゴル経由でシベリア鉄道に乗りたい為だけに入った北京。意外に楽しめました。

さて明日の朝はいよいよK3に乗ります。SIMを用意してありますがネットが繋がらないかもしれないので最悪6日間は更新出来ないかも知れません。ご容赦ください。ではモスクワに向かって出発です!

2日目 深夜の訪問者

ゴンゴン

ノックの音で目覚めました。時計は夜の12時。当然客が来る時間ではありません。扉の奥では中国語で何か怒鳴るように言っています。強盗か酔っ払いか。何にせよこういう時は居留守に限ります。

ゴンゴン

ゴンゴン

ガチャ

『ガチャ』??なんで鍵が空くの!?唖然としたまま開く扉を見つめます。

奥に立っていたのはスーツを着た中年の男性。酔っ払ってはいなさそうですが、、、。

『すぐに違う部屋に移動してください』

?なぜ?

案内された部屋は先ほどの穴蔵とは打って変わった立派な部屋。

なんかよくわからないまま朝を迎えることになります。この日は警察のチェックがあるからみたいな事を言ってましたが、、。

後でわかったのですがこの日の次の日は大きなイベントがあったらしくテロ対策に宿泊施設のチェックが必要だったらしいです。それにしてもびっくりしました。

朝の北京駅は昨日より混んでます。例の長蛇の列にチケットとパスポートを持って並びます。流れは意外と速そうです。

空港並みのセキュリティチェックの後、ようやく駅に入りました。北京駅の中はマクドナルドやケンタッキーもあり本当の空港の様です。

電光掲示板には今日乗り込むK3がちゃんとでています。プラットホームの番号を確認してから駅の中を見て回ります。

レストランの他にも売店やATMもあり食料は、もし持ってきてなかったらここで買えます。昼前でお腹が空いたのでまたラーメンを食べました。余った人民元で水を買い込みました。

出発時刻の30分ほど前から改札が始まります。K3のプラットホームは他と異なり欧米人が目立ちます。6日間を共にする人たちです。この中にはルームメイトもいるかもしれません。なんだか学校の新学期の気分でドキドキします。

僕のチケットの2等車は機関車のすぐ後ろ。なぜかこの車両たけ人が少なく部屋にも1人だけ。貸切かなと思っていたら出際に2人の乗客が乗り込んで来ました。

オーストラリアから着た中国系の親子、息子さんはもう19歳だそうです。父親も息子さんもとてもフレンドリーな人で中国語も出来るので今回何回も助けられることになります。

お昼は食べてしまったのですが、ランチとディナーの無料券が配られたので三人で食堂車に行ってみました。窓が広く居心地のいい食堂車ですが、食事は噂通りご飯とおかず一品の屋台料理でした。味は美味しくおかわりも出来ました。

お湯はサモワールという給湯器があり使い放題です。トイレは垂れ流しで流すと線路が見えます!手洗いの水は出ませんでした。

午後、郊外になり景色はWindowsXPの壁紙の様な素晴らしい眺めになってきます。車両の一番後ろまで行ってみました。何回連結部分を通ったかわからない位の長さ。それでも最後尾からの眺めは最高でした。

窓から首を出してみると空は晴天。空気が乾いていて時折顔に当たる水しぶきが気持ちいいです。

、、、水しぶき?

雨は降っていません。あ、、ここは最後尾車両。

先ほど見たトイレの穴が頭に浮かびます(; ̄ェ ̄)

ダッシュで部屋に戻って念入りにアルコールで顔を洗ったのは言うまでもありません。

2.5日目 国境越え

ルームメイトと交流する為に思ってカバンの中にゲームを持ってきてました。黒ひげ危機一発です。ルールも超簡単なので外国人や子供でも出来ると思ったからです。

暗くなって来て景色も見えなくなってきたので、いよいよ黒ヒゲを公開してルームメイトの親子とやろうとした矢先、お父さんがトランプを取り出しました。

隣の留学生も呼んで四人でゲームをはじめます。教えてもらったルールはなかなか複雑で覚えるだけで程いっぱい。他の三人は難なくゲームを進めています。僕だけ足を引っ張っていた感じです。世界を飛び回って色々な学校で学んでいる知識人達。持ってきた黒ヒゲはそっとカバンに隠しておきました(._.)

やがて夜半になり着いたのは二連駅。中国最後の駅です。ここで有名な台車入れ替えがあります。中国とモンゴルではレールの幅が違います。こういう場合は両対応の車両を使ったりするのですが、K3の場合はなんと列車を一旦工場に入れ、持ち上げて台車だけを替えるのです。なんて大胆な発想なのでしょう。

乗客は出国の為パスポートを車内で預けます。これで駅からは出られなくなるのですが、駅の中にスーパーがあるので、ここで食料を買い込む事も出来ます。北京駅より安くて品揃えもまあまあです。

ここでうっかりしてると車両が動き出し工場に行ってしまうので乗り遅れない様にします。もし乗り遅れても台車交換が見れないだけでちゃんと列車は戻ってきます。

台車交換は見ものです。長蛇の列車が持ち上げられ、台車が一気に交換される様はK3のハイライトの一つだと思います。

交換が終わり二連に戻ると、駅からは荷物をたくさん持った中国人がたくさん乗り込んできます。

もう時刻は1時を回りましたがまだ寝られません。今度はモンゴルの入国手続きです。日本人はビザなしで大丈夫なのですが、他の人はちゃんとビザを取得してきていました。手続きは車内でパスポートを預けて1時間ほどで終わります。

乗り込んできた中国人達は、物品をロシアに売るのだそうです。静かだった車両は途端に騒がしくなり、反対に緊張感も増します。90年代には強盗事件もあったのだそうです。

さっきまで使わなかった部屋の鍵をしっかりと締め、2等の硬いベットに横になりました。車掌さんの中国語を翻訳して色々教えてもらえてたルームメイトの親子は明日ウランバートルで下車するのだそうです。そこからは1人です。気が引き締まります。

3日目 平原

バタン

隣のお父さんが部屋を出る音で目が覚めました。昨日は窓から星空を眺めていたら寝てしまってた様です。時刻は午前7時。日本は8時です。

窓の外は一本の地平線。そこから太陽が昇ります。初めてのモンゴルの朝です。

昨日はがらがらだった2等車は人でごった返しています。言葉は通じなさそうですが朝見ると北京を歩いてそうな感じの一般的?な中国人です。少し緊張がとけてきました。

お父さんが戻ってきて食堂車の写真を見せてくれました。どうやら昨日、モンゴルの食堂車に繋ぎ変わったみたいです。

モンゴルの食堂車の木彫りは素晴らしいので食べなくても一見の価値はあります。

朝のトイレは予想通りの汚れっぷり。足を伸ばしても1等車のトイレを使った方が良さそうです。トイレットペーパーはありますが、量が少ないので携帯をお勧めします。手を洗う水が出ない場合があるのでアルコールスプレーが便利です。

景色は延々と地平線のみ。飽きそうにもなりますがよく見ると動物や人がいたりしてなかなか楽しめます。息子さんは疲れたのかずっと寝てます。朝はサモワールでコーヒーを作ってお父さんと昨日買ったパンを食べました。輸出業をされてる方で日本の製品に興味があるらしく、持ってきたイビキ防止シールをあげたら喜んでいました。ありふれたものかなと思ってたのですが、国によっては珍しいのですね。

隣の部屋のフィンランドに住んでいる中国人留学生の人も誘って四人でモンゴル食堂車に昼食に行ってみました。

美しい木彫りの食堂車は写真で見た通りの素晴らしさ。まるで美術館の様です。メニューは写真でわかりやすいです。モンゴルツグリック表記ですが、人民元もルーブルも使えました。レートはそれほど良くないですが、人民元が余っている場合は良い使い道かもしれません。日本円で1500円程度で焼肉を中心にした定食が食べられます。味もとても良くおすすめです。

同じ中華系の留学生さんと息子さんなのですが、英語で会話し中国語では話さないのでどうしてかなと思っていたら、親子は広東語、留学生さんは北京語を使っているそうです。なんだか不思議な感じです。

お昼を食べビールでまったり時間を過ごします。やがて辺りが騒がしくなり時計を見ると、なんと既にウランバートル到着時刻。駆け足で部屋に戻ります。

親子は急いで身支度しお互い別れを言いウランバートル駅に下車しました。短いルームメイトでしたが居てくれたお陰で助かりました。親子で世界中を旅しているそうで、素敵な人生だなと思いました。

ひとりぼっちになった部屋はがらんとしています。これから5日間をここで過ごす。1人で自由だけどすこし心細い気分。

シベリア鉄道は隣人がとても重要な要素だと思います。何日も一緒に過ごすルームメイト次第で楽しい旅になったりそうでなかったり。特に食堂車や停車駅ではみんなルームメイト同士で集まって行動するので1人だとぼっち感が半端じゃなく、結果、部屋にこもりっきりになりそうです。それもまた旅は旅ですが。

やがてウランバートルの出発時刻になりました。

急にドタドタと足音が聞こえます。

ガチャ

僕の部屋のドアが開きました。

3.5日目 新しいルームメイト

ガチャ

開いたドアの向こうに立っていたのは太ったおばさん。荷物を抱えています。

どうやら親子が居なくなった席にウランバートルからの乗客が割り当てられたそうです。

うまく言葉が通じませんが、モンゴル人で今から物売りにモスクワに行くことだけはなんとかわかりました。

着替えるからでてってとジェスチャーされます。これから5日間言葉も通じないおばちゃんと個室に二人きり!?なんだか気まずいです(-。-;

まいったなと思って隣を見ると、フィンランド留学生のフーさんも、ルームメイトが同じく下車して、若いモンゴル人の女性と二人きり。黙っていてお互い気まずそうです。

そこで提案したのが部屋の交換。僕とこのモンゴル女性が入れ替われば同性同士になり気兼ねなく過ごせそうです。

フーさんに頼んで車掌さんに中国語で交渉してもらうと、オッケーとのこと。おばちゃんと女性には身振り手振りで伝えて入れ替わりが完了しました。向こうもほっとした様子。よかったよかった^_^。

おばちゃんにはピロシキみたいなパンをたくさんもらいました。モンゴル人は親切で気さくな雰囲気で好感がもてます。お返しに日本のお菓子をあげたら喜んでいました。そういえばオーストラリア人の親子にも味噌をあげたら喜ばれたので、もっと日本独特の食べ物を色々持って来ればよかったです。

言葉が伝わらないモンゴル人2人。さあ今こそ持ってきた黒ヒゲ危機一髪を開く時です!意気揚々とカバンから出しやろうとジェスチャーします(≧∇≦)

「ニェニェニェ」

渾身の黒ひげプレイ提案は、あっさりと断わられ、代わりにおばちゃんがカバンから出したのはやっぱりトランプでした(´・_・`)

結局日本から遠路持ってきた黒ひげはおばちゃんのお孫さんへのプレゼントとなりましたorz

景色はまた平原になり街もちらほらと見えます。とても特徴的な景色。モンゴル経由にして良かったなと改めて思います。

時間はあっという間に過ぎて夜の10時。電車はモンゴル国境の駅に到着しました。いよいよモンゴルを出てロシアに入ります。

失敗したのは入国時に返された税関申告書を捨ててしまったこと。この書類は出るときに必要みたいです。二人とも捨ててしまったので頼んでなんとか勘弁してもらいました。審査や税関の人は各国怖い感じがしますがモンゴルはなんだか柔らかい雰囲気でした。

列車が動き出します。次の駅てはいよいよロシア入国です。

モンゴル国境からは客室のカーテンを開けることらが禁止され、外がどうなっているのかわからず緊張感がたかまります。

列車が止まり、ロシア政府の人が乗り込んで来ました。その数、、10人以上(_;)

懐のパスポートには業者に頼んだ空バウチャービザが貼られています。これが無効と言われたらアウト。モンゴルで足止めです。

審査官は女性。厳しい顔で念入りにパスポートを調べます。今までの国境越えは30秒程度でしたが、、、

、、さっきから5分以上、僕のパスポートを見てます(ーー;) まさかビザが無効なんて言われたら、、、しかもなにやらルーペを取り出してビザをチェックし始めましたよ(-。-;

ガチャン

印が押されました。オッケーの様です(;^_^A

次のフーさんのパスポートもしっかり5分見て係員は去って行きました。

威圧の為に時間が決まってるのかも知れませんね。

さてとうとうロシアに入りましたが、道のりはまだまだです。明日は有名なバイカル湖も見れます。ほっとして気が緩んだのか、落ちる様に眠りにつきました。

4日目 馬のミルク

目を開くとちょうど夜明けの時刻でした。特に目覚ましをセットしていないのにちゃんと起きれるのが不思議です。

朝焼けの映るモンゴルでは少なかった木々の影が懐かしく感じます。

ロシアの田舎の方の家々はそれほど新しいものは少ないですが、表面も木で出来ており、表面や窓には保護の為かおもちゃの家の様なペイントが施され独特のの風景の一部を担っています。

電車はやがてスローダウンしてロシアの朝での最初の駅、ウランウデに到着します。掲示されている停車時間は約50分。ちょうど朝の散歩によさそうです。

K3の駅には発車時刻の電光掲示板がないので、絶対に置いて行かれない様に注意が必要です。本当に容赦なく置いて行かれます。

ロシアの駅には朝からたくさんの人が働いています。作業員から駅員まで、もちろんみんな白人。思えば日本にいて作業員服を着て肉体労働をしている白人は見たことありません。ほとんどの日本への来訪者は観光客かビジネスマンですからね。なんだが先入観が変わった様な気がしました。

プラットホームには連絡用の歩道橋があり広いウランウデの駅の風景を眺められます。古い車両がたくさん停車しており写真を撮るのに飽きません。

とふとK3をみると、、、

動いてるΣ( ̄。 ̄ノ)ノ

部屋には荷物が置いたままです。フーさんと二人で朝の異国の駅のプラットホームを全力ダッシュ。こんな辺境でカメラ一つでジャージのまま取り残されたらたまりません。

とよく見ると機関車だけが動いていて客車はそのままです。なんだ、機関車の入れ替えなのですね;^_^A

ウランウデからは電気が供給されるので電気機関車が接続されます。これで窓を開けて景色を眺めても顔が黒くなりません。

レストランもロシア仕様に変わっています。メニューはモンゴルと違い写真なし。

昼の時間なので高いですがボルシチがあるので一度は試してみようかなと思って財布を取りに行くと、昨日席替えしてもらったモンゴル人のおばちゃんに呼び止められました。なんでも僕らに昼ごはんを振舞ってくれるそうです。

手作りのサンドイッチはとても美味しかったです。モンゴルの人は親切で人当たりがいいと聞いていましたが本当にそう思いました。言葉はほとんど通じませんが気持ちが伝わって嬉しかったです。

特に一緒に頂いた馬のミルクは初めての味でした。見た目は牛乳なのですが、その味は、、、なんと酸っぱいのです!

なんでも搾り取った時に含まれているバクテリアが発酵してこの味になるとのこと。アルコールも発生してたくさん飲むと酔っ払うそうです。

おばちゃん達にはお返しに例の味噌汁を振る舞いました。海のないモンゴル。具のワカメを珍しそうに食べているのが印象的でした。

4.5日目 内陸の海

ふと窓を見ると海が見えます。いえ、海ではありません。世界一の湖、バイカル湖です。広い湖畔の先は水平線。とても海には見えません。物知りのフーさんが言うには1対5の淡水で魚もいるのだそうです。

湖畔に沿って曲がる鉄道と重なる湖畔の景色はシベリア鉄道の正にハイライトです。

機関車が電気になったのでディーゼルオイルの匂いはしなくなったのですがサモワールの木炭の煙はずっとで続けています。新鮮な空気に混じる炭の香りは悪くありません。

やがて電車は丘を上がり山の中へと進みます。もうすぐイルクーツクです。

バイカル湖湖畔の駅イルクーツクにはプラットホームに売店があります。お菓子やカップ麺、飲料はここで買えます。残念ながらバイカル名物のオームリやビールやウォッカの酒類はありませんでした。

後から気づいたのですが、モンゴル以降、駅の売店ではアルコールは売っておらず、ビールはあってもノンアルコールだけの様です。

イルクーツクで下車する時、となりのおばちゃんがポケットからなにかドライバーの様な物を出して見せてくれました。鍵の様です。僕の部屋の鍵にはめて回すと、、鍵がかかりました。

部屋の鍵は内側からしかかける事も開けることも出来ません。それを外からかける事が出来るツールという訳です。

なるほど、旅慣れた人は盗難防止にこんな物も持っているのですね。でもよく考えたら鍵をかけれるという事は、、、どの部屋の鍵も開けられるということです(・・;)

部屋の荷物はちゃんとロックしてワイヤ錠で部屋にくくりつけておきましょう。

夜は売店で買ったカップ麺とビールと間違えて買ったノンアルコールビールで済ませした。

シャワーなし3日目の夜ですが、アルコールとベビーパウダーで体拭いているからか、意外と不快はありません。

二連の中国人集団はウランバートルとウランウデで下りたみたいて、車内はとても静かになりました。

駅は半分くらい通過しましたが距離は半分もいってません。先はまだまだ長いです。おやすみなさい。

5日目 のんびりとした時間

モスクワに近づくにつれてだんだんと木々の高さが高くなる事に気付きます。

マリンスクの駅には売店か沢山あり、駅のすぐ外にはビールを売っている店がありました。なぜかどこも陳列していないのでピーポピーポと言うと奥から出して値段を教えてくれます。食堂車よりは遥かに安いです。

冷えてないので濡らしてビニール袋に入れて走行中に窓から出しておくとすぐに冷え冷えになりました。真似しないでください(^_−)

買ったピロシキなどはサモワールの上に置いておけば温まります。これはモンゴル人が使ってた技です。

景色の変化が無くなりのんびりとした時間が流れます。フーさんからフィンランド情報を教えてもらったり隣の部屋のモンゴル人のロシア留学生にロシア語を教えてもらったりして過ごしました。

ロシアの食堂車はモンゴルの程ではありませんが西洋っぽい造りでウェイターのおばちゃんもロシア語しか喋らないのでなかなか面白かったです。お金が少ないのでボルシチとウォッカだけ頼んでみました。ウォッカは100グラム(cc?)250ルーブルでした。50グラムだけ頼んだりも出来ます。どちらもとても美味しかったです。

長い間列車の中で過ごしいると今が何日目なのか何曜日なのか忘れてしまいまうくらいです。

設備の事をもう少し書きます。電源は通電してないと書きましたがこれはちゃんとしたアダプターがあれば給電されました。形は同じですが単なるCタイプでは端子が接触せず駄目な事があるみたいです。盗難には気をつけてください。

2等車は扇風機だけですがかなり強力なのでモンゴルでもそれほど苦にはなりません。反対にロシアに入ると朝はかなり冷え込みます。もし空いている寝台があればそこから毛布を借りて重ねて使うといいと思います。

トイレは手洗いの水が出る車両と出ない車両があります。僕の車両はモンゴルあたりから出始めたので途中で給水したのだと思います。床がベタベタに汚れているのでサンダルは必須です。

車両によっては便座が汚れている場合がありますが、1等車など他の車両に行けばどこか綺麗な所があります。

流すレバーは足踏み式なのである意味清潔です。押し込むと蓋が開き、水が出てきて外(!)に流されます。

しかし自分の排泄物が異国の荒野にばらまかれるのは、なんとも感慨深いものがあります。動物のマーキング本能みたいなものでしょうかね(O_O)

距離は7600キロの半分を過ぎました。日程は2/3。列車は加速していきます。

6日目 ヨーロッパへ

いつもと違う天井。そういえば昨日は上の寝台が空いているからと、そちらで寝てみる事にしたのでした。下に比べて揺れが強めです。予約する時はなるべく下段にすると良いと思います。

窓の外は霧の麦畑。丸められた麦わらで出来たバームクーヘンが散らばり、奥には山並みのシルエットが浮かびます。麦の黄色から霧の白、上方の青空へと美しいグラデーションが繋がります。

シベリア鉄道の朝はトイレットペーパーを持って汚れてないトイレを探すことから始まります。廊下は凛とした寒さ。サモワールが洗顔で冷えた手を暖めてくれます。ここはもう北方の地です。

シベリア鉄道にはキロポストと言う標識が1kmごとに表示されています。数値はモスクワからの距離。これを確認する事で今の位置が容易にわかるようになっています。

ヨーロッパとアジアとの境目には石碑が建てられています。場所は1737kmから1738km地点あたり。エカテンブルグ駅を過ぎたら注意してみるといいでしょう。この駅にもヨーロッパとアジアの境界の表示があるので写真を撮っている人がたくさんいました。

境界地点を過ぎるといよいよウラル山脈、その先にはモスクワが待っています。

列車は徐々に高度を上げますが勾配はそれほど急ではありません。高原は霧がかかり幻想的な景色を作り出します。

ピークを過ぎると普段80km/h程度の列車は100km/h近くまで加速を始めます。

やがて辺りは暗くなり景色も見えなくなったのでルームメイトとお互いの言葉を教えあったりして過ごしました。

教える立場になって日本語の特徴を意識すると改めて変わった言語だなと思います。だってイエスもノーも同じ「いいよ」ですからね。ハローもサンキューも「どうも」です。アイシーもアンダースタンドもグレートも「ふーん」で済みます。これらをマスターした外国人はなかなかの見ものものでした。

6.5日目 様々な思い

いよいよ長かったシベリア鉄道の旅も最後の夜を迎えます。長くて短いとはこの事です。

普段の生活や仕事やインターネットからも隔離された、見方を変えればまるで刑務所の様な日々。わざわざお金を払って監禁されているのですからおかしなものです。

シベリア鉄道は人生の一種の修行の様なものだと思います。飛行機を使えばものの数時間の距離をあえて電車で遅く行き、風呂も入れずネットも繋がらない、下手をすると隣人と言葉も通じない環境に1週間も身を置く。

風呂、テレビ、雑誌やインターネット、今まで必須だと思っていた物が本当は自分にとってそれほど重要でなかったという事、反対に普段、空気の様に当たり前にそこにあった衛生や安全、そして何より家族が離れてみて自分にとって本当に大切なものであったという事に改めて気づく事が出来ます。

人生はこんな一本の列車の様なものだと思います。乗客それぞれが車内でどう過ごそうが最後は誰もが必ず同じ目的地に到着します。車内では、ある程度の自由はありますが決して外には出られず、たまに途中の駅で散歩できる程度。偶然の糸で繋がれる隣人は自分では選べず、なんとか付き合っていくか、もしくは孤立するしかありません。

最初の方の駅では、まだまだ先は長くたっぷりあるからこれからなんでも出来ると思っていた時間は、瞬きする様にあっという間に過ぎてしまいます。中間地点の駅では「まだ半分あるから」、その先の駅では「まだ四分の一もあるから」と思っていると、気が付いた時には最終駅での停車の為に列車はスピードを落とし始めています。

時間は有限で待ってくれません。やりたい事を先送りにしているとすぐに手遅れになります。ただ目的地に着けばいいだろうと持って来た本やネットで時間を潰すのも人生、ゲームに興じて得点を稼ぐのも人生、偶然会った隣人達とのコミュニティ作りにいそしむのも人生、ひたすら窓の外の景色に集中し途中停車ではなるべく遠くに行き見聞を深めるのも人生。それでも列車は全員をのせて最終駅へと到着します。

結局、旅や人生で一番重要なことは成功することではなく「満足」する事なのだと思います。最終駅で旅を振り返り、自分なりにその道のりに満足感を感じる事が出来れば、それがその人にとっての答えでなのだと思います。

ロシアの凍る様な冷えた闇の中を、様々な思いを乗せシベリア鉄道は西へ西へと向かいます。

さあ、明日はいよいよ最終駅のモスクワです!

7日目 シベリア鉄道の先にあったもの

ガダンゴトン

揺れと寒さに目が覚めました。辺りは真っ暗です。時計を見るとモスクワ時間の朝の5時半。時差はさらに2時間遅くなっているので昨日で言う7時半、日本はもう昼過ぎ。起きて当たり前です。

早い朝食を済ませ窓の外のタイガを眺めます。残りの停車駅はわずか。

同じ客車はもう僕とフーさんとモンゴル人6人のみ。みんなで廊下に立って最後の到着を待ちます。モンゴル人の内4人は会話は出来ませんが毎日顔をあわせた仲間。なんだか不思議な一体感を感じます。

巨大な玉ねぎ屋根の教会、立ち並ぶビルディング、白い肌の人々。僕らのK3はゆっくりとモスクワヤロスラブスキー駅に到着です。

プラットホームに降り立ち歓声。とうとうモスクワの地を踏みました。

モンゴル人達には身ぶり手ぶりで別れをつげました。みんな笑顔でフレンドリーな仲間。言葉はそれほど重要じゃないということを改めて感じました。

フーさんと二人でウラジオストクからのキロポストで写真を撮りあいます。

モスクワにはホテルはとっておらず、23時のヘルシンキ行きの寝台列車に乗らなければいけません。

彼からの提案でホテルのシャワーを使わせてくれるとのこと。ありがたくお願いしました。

彼のホテルは駅から10分ほど歩いた所にありました。大通りから入った路地の看板のないビルのビルの5階。グーグルマップ無しではまずわからないような場所です。

部屋に入らせて貰いバスルームを借ります。

服を脱いでコックをひねると暖かいお湯が吹き出して6日間の汗と脂で頭が痒さを通り越して痛い位の頭部を包みます。

ああシャワー

ああシャワー

ああシャワー

こんなに身体を洗って気持ちいいと思ったことはありません。生まれ変わった気分。

午後は赤の広場周辺を散歩しました。二人で面白写真を撮りあいます。1人だと自分の姿を映す事すら大変なのに、仲間はいいものです。

赤の広場へは地下鉄で行きます。駅と地下鉄は並んでいるので探さなくてもすぐにわかります。チケットは距離によらす一回券を買えばいいだけなので簡単です。英語対応の自動販売機もあります。

荷物はレニングラード駅のロッカーに預けました。これも自動。ロッカー番号を押し時間を入れて支払いをするとカードがでるのでロッカーにかざし荷物をいれるだけです。

ロシア人はあまり微笑みませんが、覚えたてのロシア語でスパシーバと言うと笑ってくれます。道を聞いてもみんな親切に教えてくれたり自撮をしてると進んで声をかけて撮ってくれたり。

どこから来たのか聞かれて中国人と日本人で7000キロも電車で来て6日も風呂に入っていないと言うと驚かれ、モスクワ川はモスクワナンバーワンの風呂ですよとからかわれました。

彼らからすると中国も日本も同じようなものなのでしょう。僕らの視点でイギリス人とフランス人が一緒に旅行しているみたいなものです。白人99パーセントのモスクワの喧騒の中、同じアジア人として不思議な同郷感を中国人のフーさんに感じます。

それでも別れの時は刻々と近づいて来ます。夜はレニングラード駅の近くのレストランで最後の乾杯をしました。

モンゴル人にせよロシア人にせよ中国人にせよ日本人にせよ一般人はメディアや教育でお互い偏見が刷り込まれています。

まず偏見を捨て去り実際に触れ合ってみることが真実を知る事につながる、そんな事をフーさんは言っていました。

レストランを出ると街はライトアップされた玉ねぎ屋根が浮かび、異国の雰囲気に包まれます。街には人々が各々の場所へと往来しています。

5日間を共にした彼の姿はそんな喧騒の中へと消えて行きました。

刷り込まれた偏見を捨ててお互いを知り合う。彼の言葉が頭に響きます。結局国を超えて顔や言葉は違えど、一般の人々の中身は似たようなものなのだと思います。言葉の違いをいい事に、なにか思惑によってお互いをいがみ合うようにコントロールされている、そんな感じがしてなりません。

6日間のシベリア鉄道の旅行記はここで終わり、旅はヨーロッパ編へと続きます。

最後にこれからシベリア鉄道に乗る人の為に持って行くべき物、持って行ってはいけない物をそれぞれ挙げて結びとします。

シベリア鉄道に持って行くべきもの3種

シベリア鉄道持って行ってはいけないもの3種

一部完

シベリア鉄道編

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