木で造られたストーンヘンジ 真脇遺跡(石川県能登町)

真脇遺跡は石川県能登町にある縄文時代の遺跡です。全国でも稀な長期定住集落遺跡として知られ、農耕が無い時代に4000年もの間、人々が一カ所に定住していたとされる不思議な場所です。

場所は能登半島を周回する国道249号線から県道35号線を能登町役場の方向に進むと案内標識があり、それを辿ります。

奇妙な縁石が並ぶ

内浦の穏やかな海の景色から一変した樹々の中を進みます。沿道には奇妙な縁石が並びどこか怪しいムードが漂います。夜には灯りがともされます。

巨大な仮面に迎えられる

やがて景色は開き小高い丘からは海が見えます。入り口の巨大な仮面が待っており、まず驚かされます。これは発掘された土製の仮面を模して造られたものだそうです。実際の仮面は能面の大きさ程度で右顔面とあごが欠けていたそうです。

日本漁業発祥の地

真脇遺跡が日本漁業の発祥の地とされる理由はイルカ層と呼ばれる約5000年前の地層から発見された大量のイルカの骨によるものです。この時代に漁業をしていたという痕跡は今のところ他では発見されていません。

縄文館

駐車場の横の縄文館ではそれら出土品が展示されています。

すべて本物の出土品

いわゆる”おさかな土器”と呼ばれる特徴のある北陸地方独特の土器や、クリの木を半割りにして造られたまるでストーンヘンジのような巨大なモニュメント”環状環状木柱列”の木片、4500年前の墓である板敷き土壙墓の板と人骨も並びます。これだけ古い時代の骨や樹が現存しているのは、ここ真脇の高い特殊な環境ならではなのだそうです。

環状木柱列 何の目的に作られたのか

広大な広場には実際の方法で造られた環状木柱列が海を眺めています。2800年前、縄文人が何の為にこれを造ったのかは現在でもわかっていません。

板敷きの土壙墓

傍らには4つの穴が空いており、ここが縄文館の中の人骨が埋葬されていた場所である事がわかります。

2800年前と同じ空

農耕がなく遊牧的な生活を送っていた縄文人が4000年間もの間、この場所に定住できたのは豊富な漁業資源によるものと言われています。20年で1世代としても約200世代。彼らはこの空を眺めながら何を思っていたのでしょうか。

2013年に閉鎖された真脇遺跡温泉

真脇遺跡温泉には1993年に温泉施設がつくられ、その多様な浴槽で人気を集めていましたが2013年に老朽化により使用停止が決定しました。2015年現在はまだその建物は残っており、中は時が止まった様です。いずれこの建物も撤去されるのでしょう。

新設された温泉から内浦を望む

現在は丘の上に新しい温泉が新設されており、地元の人達の憩いの場となっています。丘の上からは内浦の穏やかな海と潮風を楽しむ事ができます。縄文時代は現在より水位が高く、手前まで海が来ていた様です。

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