無料で見学できる城端の観光施設 じょうはな織館はこんなところだった(富山県南砺市城端)

南砺市の城端地区は「越中の小京都」としてもよく知られ、またP.A.WORKSの本社がある「アニメの聖地」としても有名な場所です。桜ヶ池や善徳寺が観光地として有名ですが、ここ、じょうはな織館は芭蕉も詠んだ城端絹織の文化に触れられるおすすめの無料施設です。

じょうはな織館

場所は国道304号添い、ちょうど城端の趣のある町並みの中にあります。外見はレトロモダンな洋風の建物。これは1928年築の城端織物組合事務所をそのまま使っているからです。 入場は無料なので気軽に入れます。無言で入ってもいいのですが入り口に受付がありますので「見学していいですか」と言うと「どうぞ」と丁寧に対応してくれます。靴は玄関で脱ぎスリッパに履き替えます。

廊下

建物に入ると中央に木造の風合いのある廊下が伸びます。古いですが手入れされており独特の光沢を放っています。左手はギャラリーで、定期的に展示替えがされます。

ぎゃらりー

間接照明が効いた展示場は古い建物とあいまって昭和へタイムスリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気が漂います。

窓ガラス

揺らいだ窓ガラスもレトロな雰囲気に一役かっています。廊下を挟んで正面には織でつくられたグッズがならぶショップがあります。よくある道の駅的なお土産物ではなく、ここでしか買えないものがならびますので見ているだけでも楽しめます。

喫茶ショップ

1573年に始まる城端の絹織物は加賀藩の政策もあり1688年に盛況を迎えた。

元禄14年に城端に来た芭蕉の高弟支考は、その紀行文「東西夜話」に「この里は家々の絹機のいとなみありて・・[秋まつか機おる傍にきりぎりす]と詠んでいる。

明治41年に城端を通った柳田国男は「城端は機の声の町なり」と書いている。

明治42年に城端織物組合が組織され、昭和3年に事務棟、乾燥場等(総工費4万円)の建物が完成した。モダンな洋風建築の織物組合事務所は二階に数百人入れる大ホールが町民に解放され、町のシンボルとして屋上にサイレンが設置され時を告げた。さらに第二次世界大戦中には町一番の高所として屋上に防空監視哨が建設され、昭和20年8月1日の富山大空襲の際にも活躍した。

平成14年に城端町に寄付され、翌15年より「じょうはな織館」として新しく出発することとなった(じょうはな織館案内より)

二階へ

城端絹のはじまり

昔、大鋸屋に畑庄左衛門という商人がいました。ある日、北野天満宮に参拝し城端の繁栄を祈ろうと京の都へ上りました。

何日もの間、神前にこもり一心に祈っておりますと、夢の中に白髪の老人(菅原道真)が現れ、「城端の領主荒木大膳の家に私が自ら描いた自画像の掛け軸がある。私に仕えるとの思いその軸を尊い大切にしなさい」とのお告げを受けました。

庄左衛門が急いで国に戻り領主にたずねた所、その言葉どうりでした。それから毎日掛軸に手を合わせ祈っておりますと再び夢に老人が現れ今度は「糸絹を使い仕事をすれば町中富栄えるだろう」と告げられました。庄左衛門はその言葉を信じすぐに絹織物を始められました。

これが現在まで長く城端の人々の暮らしを支えて来た絹織物業の始まりだと言われています。(じょうはな織館案内より)

織体験

織体験もできます。コースターで1100円強(2014年現在)でミニ織り機で30分も楽しむ事ができますので是非気軽に参加してみるとよいでしょう。残念ながらこの部屋の織り機等は写真撮影は禁止でした。技術流出を防ぐ為なのでしょう。係員の方はとても親切でいろいろ教えてくれます。

パロの家

二階にはアザラシロボットであるパロの家があります。このロボット、富山の会社で開発されており、富山県のプロダクツ認定が得られたものです。実際に動作するパロと触ったり喋ったりとふれあう事ができます。びっくりするくらい本物の生き物の様で驚くことでしょう。これだけでもじょうはな織館に訪れる価値ありかもしれません。

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