木彫の殿堂 道の駅井波 井波彫刻総合会館と瑞泉寺(富山県南砺市)

富山県南砺市の井波地方は彫刻の町として有名です。そのルーツは同じく井波にある浄土真宗東本願寺派の寺である瑞泉寺にあります。 江戸中期の火災の被害の折、東本願寺より派遣された木彫職人に習ったのがそのきっかけです。井波彫刻はそれより発展し現在においては殿堂工芸だけでなく日展への出品など彫刻技術者300人を超える全国一を誇る産地となりました。

井波の町並み

風情のある井波の町並みの住居群には随所に彫刻が施され、見応えがあります。まずは「道の駅井波」に足を運ぶとよいでしょう。

道の駅井波七福神

道の駅井波は国道471号線にあります。和風レストラン「きつつき倶楽部」、物産館「なんと楽市」、木の香浴泉「ゆら湯ら」が立ち並ぶ複合施設です。中でも井波彫刻総合会館は現代の井波彫刻家の作品が数多く展示され見応え十分です。

井波彫刻総合会館

入場料は500円です。クーポンサイトもありますので「井波彫刻総合会館 クーポン」で検索してみるとよいかもしれません。2014年現在はH.I.S.クーポンが取り扱っている様です。

十二支の国

彫刻総合会館の前には十二支をあしらった壮大な彫刻が飾られています。その奥行き感は絵画や他の立体美術を凌駕します。

彫刻総合会館 中庭

資料館の中は撮影禁止なので是非実際にご覧になってください。作品一点一点、値段がついているのが新鮮です。とても高価に感じられますが製作期間を考えると妥当と言ってよいものばかりです。また照明も凝っており、立体作品の陰影が引き立ちます。

実際の制作風景が見学出来る

資料館の中を始め、その周辺施設では無料で実際の木彫りの作業現場を見学できます。職人さんは話し好きの方からストイックな方まで様々。無数の彫刻刀を駆使して作品を作り上げる様は一見の価値があります。

井波の現代彫刻を見た後はそのまま、そのルーツである瑞泉寺まで足を運びましょう。

瑞泉寺の開門時間は8時30分-16時30分。拝観料は大人300円となります。素晴らしい彫刻が楽しめ、その価値は十分にあります。

瑞泉寺山門

瑞泉寺の山門は、高さ17.4メートルの重層の総ケヤキ造リで、真宗寺院建築の山門を代表する建造物です。宝暦12年(1762年)に瑞泉寺が全焼し、京都の本山(東本願寺)から肝煎(きもいり)方大工柴田新八郎らが派遣されて各伽藍の再建が進められました。山門の工事は天明5年(1785年)に始まりましたが、工事中に本山である東本願寺が全焼し、東本願寺の再建のため本山から派遣されていた大工が引き上げることになり、地元の井波大工松井角平が棟梁を受け継ぎました。文化6年(1809年)に上棟式を行ない、見事な山門を完成させました。

瑞泉寺山門の龍

山門の各所には数々のすぐれた彫刻や文様が施されています。正面にある唐狭間の彫刻「波に龍」は、京都の前川三四郎の作で山門が類焼に及んだとき、水を吐いて火炎を防いだとの言い伝えがあります。蟇股には、中国民間伝承に登場する八人の仙人「八仙」が彫られており、これは地元井波の彫刻師が彫りあげものです。

瑞泉寺本堂より

瑞泉寺の本堂は、明治18年(1885年)に再建されたものです。間口46メートル(25間)、奥行43メートル(23間半)、総面積1950平方メートル(590坪)、単層入母屋作りの北陸有数の大伽藍です。

中央の燈籠

ご本尊は阿弥陀如来、両脇壇には宗祖 親鸞聖人 御影と先門主 御影があり、右余間壇には瑞泉寺建立を勅願された後小松天皇尊牌が安置されています。

太子堂

瑞泉寺の太子堂は、弘化4年(1847)に創建されますが、明治12年(1879)の火災の折に焼失します。大正7年(1918)に至り再建されます。ここには後小松天皇から下賜されたと伝わる聖徳太子像が安置されます

蟇股かえるまた

ここには向背の籠彫り彫刻はじめ、建物内外の側面を飾る蟇股彫刻など数多くの井波彫刻の粋を集めた建物として有名です。

手挟

太子堂の向拝にある手挟の彫刻は、井波彫刻の技術の高さを物語る手挟で、砺波地方随一と言われています。

太子堂の横の鐘

毎年7月21日から29日まで行われる「太子伝会(たいしでんえ)」は、聖徳太子の生涯を八幅の絵伝を用いて絵解きされる全国でも珍しい行事です。

消化器案内も木彫り

聖徳太子は仏教を厚く敬い保護したとされることから、日本仏教興隆の祖として、宗派を超えて崇敬されてきました。親鸞聖人も「和国の教主」と呼び、たくさんの和讃(わかりやすい言葉で書かれた七五調のうた)を作らその厚い崇敬を示されました。

本堂横

本堂は宝暦12年(1762)の大火後、明治18年(1886)に再建されました。間口46m、奥行43mの単層入母屋造。畳の数450畳といい、大きさは全国で4番目ともいわれます。

瓦には全て瑞泉寺の印

御本尊は阿弥陀如来、両脇壇には宗祖 親鸞聖人 御影と先門主 御影があり、右余間壇には瑞泉寺建立を勅願された後小松天皇尊牌が安置されています。

瑞泉寺最古の建築 式台門

式台門は勅使門、菊の門とも呼ばれ、寛政4年(1792)に建てられ、2005年の大法要で200年の状態に復元されました。扉の両小脇板を飾る「獅子の子落とし」は、我が子を千尋の谷に落として育てるという、獅子の言い伝えを彫ったものです。蟇股(かえるまた)には人の悪夢を食べるという「莫(ばく)」、虹梁(こうりょう)上には「松に鶴」の彫刻等があります。洗練された構図と動的な表現は、山門の正面唐挟間の「波に龍」を彫った京都の彫物師であった前川三四郎に習ったと云われています。

宝物殿

太子堂から続く宝物殿は六角形の形をした石造りの堂です。1966年建築と瑞泉寺では比較的新しい建物となります。絹本着色聖徳太子絵伝を始め瑞泉寺の寺宝が展示されており、説明を受けることもできます。展示物は定期的に替えが行われます。

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