曽々木海岸の福が穴と輪島せっぷんとんねる(石川県輪島市曽々木)

石川県輪島市の東側、曽々木海岸の周辺は曽々木パワーゾーンと呼ばれています。背後の岩倉山の千体地蔵や麒山和尚の石仏、不動明王の鎮座する福が穴や恋愛成就のせっぷんとんねるなどのパワースポットが並びます。

自動車での立ち寄りは、能登を一周する国道249号線の八世乃洞門トンネル前の曽々木ポケットパークに停めるとよいでしょう。空いている時は横の旧八世乃洞門トンネルの手前まで駐車ができます。

麒山和尚の石仏

1972年 海蔵寺住職 麒山瑞鱗(きざんずいりん)和尚が「能登の親知らず」とおそれられた能登最大の難所を「寺で座るのも禅だが、人が安全に行き来できる道を開くのも、これも禅の道」と浄財を集め13年の歳月を要して麒山道を開く(現「波の花遊歩道」)

輪島せっぷんとんねる

1887年 石川県による麒山道の大改修が行われた。手掘りトンネル工事、愛称「接吻トンネル」

福が穴

1963年 八世乃洞門・曽々木隊道が開通。輪島市・珠洲市の海岸が車道でつながる

福が穴内部。30分以内に

日本海に大きく間口を開けた洞窟「福ヶ穴」は、その昔修行僧が洞窟にこもって護摩を焚き、人々の幸せのために仏像を彫り修行をされたところです。

岩窟不動

福ヶ穴の約70m奥には岩窟不動が鎮座し人々の願いを叶えるため奥に収束した「気」を解き放っていると言われています。(輪島ナビより)

壮大な岩壁

鵜ノ木恭助は、ある日湘南電車に飛込もうとする若い女を救った。一方この電車の乗客、一宮鮎子は鎌倉で下車、建築技師藤崎克巳を訪れた。藤崎は鮎子に驚いた。それは終戦直後、満州で別れ別れになった恋人一宮葵の妹であった。

せっぷんとんねる岸壁

鮎子は、満州で姉と別れ一人内地へ帰るとき姉に頼まれた日記を届けに故郷の能登から来たのだという。翌日、克巳は上野駅に鮎子を送ったが互いに引かれるものがあった。葵は鮎子と満州で別れて以来全く消息を絶っていたが、それは満州で敵兵に身を汚されたため克巳の前にも姿を見せることも憚り遂に鉄道自殺まで企て、そこを恭助に救われたのである。

窓岩

恭助の家で葵は落着きを取戻し今は故郷へ帰り新生活へ踏出そうとまで考えていた。一方、克巳は鮎子と別れて三日目、彼女への思慕に能登の鮎子の家を訪れた。しかし鮎子は父孝祐の命令で実業家庄田との結婚の矢先にあった。克巳は鮎子の母に冷く追返され、独り能登の名所親不知を見物に出かけた。

奥へ

ところが帰途、黄昏のトンネルの中で思いがけず鮎子に逢った。二人はひしと抱き合った。が、それを今しも故郷に来た葵が見ていた。克巳は再び鮎子との結婚を孝祐に願ったが断られ空しく帰京。そして鮎子は葵に会った。葵は自分に代って克巳を幸せにしてくれと鮎子に頼んだ。鮎子は家出した。彼女は漸く東京で克巳と会い再び離れぬことを誓った。葵も恭助の家に戻ったが哀しい運命に泣くばかりであった。

石碑が建つ

一方、孝祐は鮎子を追って克巳の家を訪れたが、その朝、克巳は会社の出張に鮎子を伴って九州に旅立っていた。九州に来た二人は高千穂で 結婚式を挙げようと決心した。

曽々木海岸の岩景

ところがある日、工事現場の克巳に、近所の娘真紀が、鮎子が連戻されるところだと報せに来た。思わず駈けつけようとする克巳の前にその時岩盤爆破の発破。克巳はばったりと倒れた。(忘却の花びら/MovieWalkerより)

八世の洞窟

せっぷんトンネルから続く岩場の波の花遊歩道は起伏を繰り返し、八世の洞窟の辺りで道が細くなってきます。この先には冬場流れ落ちる水が日本海の強風で消えてしまう垂水の滝がありますが、道は悪く危険なので反対側の真浦ポケットパークからのアクセスをおすすめします。

曽々木海岸

2009年、八世乃洞門新トンネル完成。2007年3月能登半島地震の一般国道249号道路災害関連事業。能登半島地震で被害を受けた八世乃洞門と隣接する曽々木隊道に代わり、危険な岩塊群を迂回したトンネルトして平成21年12月に完成した。

輪島棚田

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