停車しなかった王様と5人の村人たち(ミニノベル)

ある所にたった6人だけの村がありました。村には畑や家畜など自給自足するに十分な資源に恵まれていました。

6人が6人、自分が必要な分だけ働けばそれぞれ十分に食べて暮らしていけます。村人はけっして贅沢な暮らしではありませんが、必要最低限の仕事が終わったら家に帰り、その後は家族との時間を過ごせる幸せな人たちでした。

ところがあるときその中の一人が自分は働かずに他の5人を自分の分まで働かせてやろうと企てました。彼を仮に「王様」と名付けましょう。

さて、他の5人は自分の分だけではなく、この「王様」の分まで働かなければいけないので大変です。数で表すと今まで1人分だけ働けばよかったのが今度からは1.2人分働かなくてはいけません。

あなたがこの5人の中の一人だったとして、いきなり「王様を名乗る人物」が「今日から君たちは僕の為に0.2人分だけ余分に働きたまえ」と言われたとしてどう思いますか?

「よろこんで!」という人は少ないと思います。仮に「別にいいよ」と言ったとしても、必要以上にこの「王様」の為に働いてあげる人はほとんどいないでしょう。

そこで「王様」は5人の村人を効率よく自分の為に働かせる為に試行錯誤をします。

恐怖(叱り)の支配

まず「王様」は「恐怖」で5人の村人を支配しようとします。重い岩を持ち上げて力がある事を見せたり、どう猛な獣をいとも簡単に殺したり、時には、村人のうち、いちばん気の弱そうな1人を選び、ちょっとした事で叱り、残忍な罰を与えます。そしてその様子を他の4人に見せつけます。

村人達は仲間がひどい仕打ちを受けるのを見て震え上がります。

「王様に逆らったら殺される」

村人5人はビクビクしながら王様の分まで1.2人分働きます。たまに失敗して1.1人分しか働けなかった村人には王様は容赦なく拷問を行います。

王様はとりあえず満足します。

「どうだ、人を支配し動かすのは恐怖(叱り)の力に限るだろう」

やがて、村人は増え1000人にまで成りました。しかし「王様」に入ってくる「富」はそれほど増えません。これはおかしいと思った王様は村を視察し、ある事に気付きました。

なんと村人が次々に脱走しているのです。たしかに自分の必要な分以上に働かなくてはいけない上に、失敗するとひどい罰を受けるというのでは、そんな村に居続けたいわけがありません。

そしてさらに気付いたことがありました。王様の見ている所ではちゃんと村人はちゃんと1.2人分働くのですが、目が届かない所では手を抜いている人が多いことです。村人が5人の頃は全員の働きぶりを監視できていましたが、村人が1000人にもなっては全員がちゃんと1.2人分働いているかどうかチェックすることができません。

ましてたくさんの村人の中で1.2人をさらに超える働きをする人も皆無です。皆、罰を受けない事だけを考え、ノルマを達成するのが精一杯。それ以上の伸びがありません。

王様は不満でした。

王様はもっともっと「富」が欲しいのにこれでは能率がよくありません。そこである「案」を思いつきました。

名誉(褒め)の支配

「みんな聞いてくれ、ワシは生まれ変わった。今日から恐怖の支配はやめにする。」

村人たちははどよめきます。(「・・なんか知らないけどよかった、恐怖から開放された」)

「これからは、皆がそれぞれ働いた量に応じて順位付けして掲示、上位の者には勲章を授けることにする。」

村人たちは再びはどよめきます。(「・・勲章ってなんだよ。そもそもなんで俺たちは王様の分まで働かなければいけないんだ!?」)

ここで突然、村はずれの森からどう猛な獣の群れが群衆に飛び込んできます。逃げ惑う村人たち。

王様はさっと剣をとり獣の群れをを追い払ってみせます。

「この通り、この村の内外は危険でいっぱいだ。ワシは皆の安全を守る仕事をしよう」

もちろん、さっきの獣の群れは王様が予め準備しておいたものです。

それでも村人達は自分たちの安全が守られればと納得して王様の為に仕事を始めました。

この仕組みの成果はすぐに表れました。

仕事をたくさんこなし、自分の分の5倍、5人分の生産をして王様に献上した者は大きなブリキ製の勲章が与えられ、他の村人に自慢して自分自身もご満悦です。

働いた量の順位は村の集会所に定期的に掲示されます。他の村人も順位を上げようと働く量をふやして2人分3人分と働く様になりました。

王様はふたたび満足します。

「どうだ、人を支配し動かすのは名誉(褒め)の力に限るだろう」

やがて、村人は増え10000人にまで成りました。しかし「王様」に入ってくる「富」は期待したほど増えません。おかしいなと思った王様は村を見てまわり、またある事に気付きました。

なんと村のゴミ置き場にブリキの勲章が捨ててあるではありませんか。

しかも集会所の掲示板の村人の順位を見ると、上位の者はたしかに4人分や5人分とたくさん働いてはいるのですが、それは極一部だけで、中位から下の方の順位の多くの村人は自分が最低必要な分、つまり1人分におまけがついた位しか働いていないのです。

結局、「名誉(褒め)」によってノルマの1.2人分を超える働きをする者は生み出せましたが、反面、「褒められない者」の意欲が極端に低くなり全体的な生産としてはそれほど伸びていないのでした。

さらに「名誉」の象徴である勲章ですら単なる物であり、「飽き」られてゴミ置き場に捨てられる有様です。

王様は不満でした。

王様はもっともっと「富」が欲しいのにこれでは能率がよくありません。そこでまた新たな「案」を思いつきました。

愛による支配

「みんな発表だ。勲章とランキングは今日でやめだ。」

村人たちははどよめきを通り越して呆れています。

「今日からお前達の子供と両親すべてをワシの城で養うことにする。おっと、いかがわしい意味ではないぞ。この娘を見てごらんなさい」

唖然とする村人達の視線の先には一人の少女の姿。その白い肌には痛々しいまだら模様の赤い斑点が浮かんでいます。

「この村で老人や子供にだけ感染する新しい病気が発見されてな、隔離して定期的に薬を飲まないと命がないのだ」

王様は少女に1粒の錠剤を飲ませます。するとみるみるうちに斑点が消えます。

「薬代はお前達が働いた分から集めてまかなう。ただし薬は少なすぎると飲んでいても足りずに効かなくなる可能性が高くなる。薬はお前達が納めた富の分しか与えてやれないから、なるべくたくさん働いてたくさん薬代を納めるように。」

村人達は大事な子供や育ててもらった両親の命の危機だからと、城に保護してもらうことに納得しました。

もちろん、さっきの少女の肌の斑点は時間が経つと消える特殊な塗料を使ったトリックで薬のようなものは単なる砂糖だったのは言うまでもありません。

この仕組みの成果はすぐに表れました。

自分の子供や両親の為ならと、そしてまた、薬が少なすぎては効かぬとあらば、たくさん薬を与えてもらう為にと、皆がむしゃらになって働きます。

3倍5倍は当たり前。しかも以前とは異なり、手を抜く人はいません。

王様はこれぞ三度目の正直と満足します。

「どうだ、人を支配し動かすのは愛の力に限るだろう」

調子にのった王様は隣の村に資源が沢山ある事に目を付けて、森の獣の大群をけしかけ襲わせ、村長や長老たちも食い殺し壊滅寸前にまでしてから、さっそうと表れて獣の群れを追い払い、まるで救世主のようにちゃっかりとその村を支配してしまいます。

今回の方法はは前回までの方法とは異なり、村人が増えても王様への「富」の蓄積が期待通りに比例して伸びていきます。

それでも王様の欲望はとどまる所を知りません。ああ、もっともっと「富」がほしい。

ある時、王様が村を視察していると村の影で王様の事を話している声が聞こえて来ました。内容は以下の様なものです。

「・・・王様は両親や子供の保護にかこつけて富を溜め込んでいるらしい。不公平だ。クーデターをおこすべきではないか」

それを聞いて急に不安になった王様。偽の病気の名を借りたピンハネ行為が発覚したら村人たち総出で暗殺どころでは済まされません。

更なる「富」への欲望と自分自身の「安全」。

その邪悪な脳はさらなる「案」を弾き出します。

資本の支配

「みんな聞いてくれ。今日からこの村は自由で平等の村だ。フリーダムへようこそ!」

両親や子供の為に働きづくめで疲労困憊した村人たちはため息をつきます。(「何言ってるんだこのおっさん・・・」)

「村を襲った病気は去った。なのでお前達の両親と子供達は家に帰し、ワシは今日限りで皆の前から姿を消す事にする。これからはこの村には王様も村人もない。全員が平等で公平だ。働いた富を何に使おうが自由だし、うまくやれば働かなくてもいい。例えばワシの様に・・・ゴホンゴホン、あ、いや、なんでもない。最後のは聞かなかったことにするように」

村人はいつもの様にざわめきます。(「なんだかよくわからないが不平等が無くなるならよさそうじゃないか・・」)

「ただしここは平等の村だから、完全に公平にする為、お前達の持ち物を全員一旦すべて没収する。食料を作るときの農機具も種も家畜も家も乗り物もすべてだ。」

村人びっくり。

「そして今日からはみな働く時は誰かから農機具と種を、乳を作る時は家畜を、雨風をしのぐ時は家を、移動するときは乗り物を借りるように。」

「これらの農機具や種や家畜や家や乗り物は「シサン」と呼ぶことにする。そしてお前達は「シサン」を人から借り返す時に「リシ」を見返りとして払わなければいけない。また「シサン」を人に貸し返してもらう時に「リシ」を見返りとして受け取ってもいい。「リシ」とは貸した分の見返りなので食料でもいいし種でも道具でもなんでもいい。借りる方は貸す方が決めた「リシ」があわないのなら借りなければいい」

ただでさえ怪しげな話がさらに怪しくなってきました。村人の婦人たちがその夫の顔を不安そうに見つめます。

すると突然王様の後ろに巨大なスクリーンが現れ、そこには最新技術を使った映画が投影されだしました。

画面には真っ赤な外車にのったサングラス姿の白人青年。南国のビーチを走るシーンから場面は代わり、夕日の入り江が見えるグレートな豪邸内のプールサイド。たくさんの水着の美女たちをはべらせ青年はワイングラスを片手にカメラ目線でニヤリ。

「そう、この自由で平等な村では、まじめにたくさん働いてうまくやればこんなゴージャスでリッチな生活も可能になるのだ。」と王様。

婦人達が不安げに見ていたその視線の先には、すでに欲望に満ちた目をした夫の姿が映っています。

「てっとり早くたくさん富を稼ぐには、たくさん「シサン」を借りればいい。たくさん「シサン」があれば、その分たくさんの富を一度に生み出せるだろ?そしてその時、稼いだ富の「少しだけ」を「リシ」として返せばいい、それだけだ。」

映画はタイトルが代わり、今度はスリムなナイスバディで肌ツルツルな中年美女が、この高級化粧品を使ったら私の様な50代になれるわと言い始めています。村人のご婦人方の目も夫たちの目と同じ輝きを放ってきました。

「簡単だろ。自由で平等な夢のフリーダム。さあ、「シサン」を借りたい人は銀行に集まれー!」

王様の号令を皮切りに銀行に殺到する村人達の波。

もちろん「銀行」の村人に貸す為の「シサン」はすべて王様から借り受けたものです。つまり村人達からの「リシ」はすべて銀行経由で王様の懐に入るわけです。

また王様は村人たちの不満の矛先として定期的に投票で村人たちの中から村長を選ばせることにしました。村長といっても名ばかり。自分の村会の役員を決めるくらいしか権限はありません。

幾重もの貸し借り関係に隠蔽された先の先で搾取をし続ける王様。もはやその名も知られず存在を意識したり暗殺を企てる者はもういません。

深夜の超高層ビルの最上階、莫大な富と絶対の安全をおう歌する王様が見下ろす窓ガラスの先、「自由で平等な」村には今日も巨大スクリーンに煌々と村人の欲をかき立てるCM映像が流され、街角には「シサン」を返せなくなり「リシ」の為だけに自分の食べる分も削って働かなければいけなくなった貧困民が溢れ、自分たちで決めた村長を辞めさせろと連日抗議のデモを行っています。

「どうだ、人を支配し動かすのは資本の力に限るだろう」

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