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敦賀火力発電所と新敦賀変電所(福井県敦賀市)


福井県敦賀市にある北陸電力敦賀火力発電所とそのすぐ近くにある新敦賀変電所の鉄塔探訪レポートです。

目次

  1. 敦賀火力発電所の場所と地図
  2. 敦賀火力発電所と敦賀火力線
    1. 謎の1番鉄塔
  3. 新敦賀変電所の場所と地図
  4. 新敦賀発電所の周辺
    1. 敦賀線
  5. 新敦賀変電所南側
    1. 西敦賀線と敦賀連絡線
    2. 東浦線
    3. 敦賀セメント線
  6. 新敦賀変電所北側の引き込み
  7. 参考リンク
  8. コメント

敦賀火力発電所の場所と地図

国道8号を降りると・・煙突と鉄塔が

敦賀火力発電所は南北に走る国道8号線を福井市内方向から敦賀市内に入る樫曲トンネル直前のランプを西に降りた所にあります。

北側の道路は真っ直ぐ敦賀湾に向かって伸びており先には巨大な貨物船がよく見られます。

ランプを降りてすぐ左手に巨大な煙突が見え始めます。横には巨大な鉄塔が。北西の南条変電所から来ている敦賀火力線です。

敦賀火力発電所と敦賀火力線

振り返ると敦賀火力線3番が

煙突方向から振り返るとその先には赤い頭の鉄塔が繋がっています。番号札は3番。敦賀火力線は2回線のはずですが下にさらに2回線併架されており、この3番で南から合流しているのがわかります。これはなんの系統なのでしょうか。

さらに先を進むと港の横に出ます。

敦賀火力発電所銘板

発電所は港のすぐ脇に建てられています。石炭発電所ということもあり道沿いには巨大な挙炭機が。まるでSFの世界です。

すぐ南にあるのは敦賀セメントの工場です。実はこの敦賀火力発電所がこの位置に作られた理由の一つは使い終わった石炭をセメントとして再利用することにあるのです。同社は石炭採掘も行っており敦賀セメントと敦賀火力発電所は密接な関係にあります。

敦賀火力発電所と2つの鉄塔(クリックで拡大)

正面から見ると上下2つの鉄塔が建っているのがわかります。横には巨大なパイプが。水力発電所ならこれは導水管ですがここは石炭専用発電所です。さきほどの挙炭機で入れられた石炭が登っているのでしょうか。

敦賀火力線1番番号札

上の鉄塔は番数も1番とあり推測どおり敦賀火力線1番で間違いなさそうです。

敦賀火力線1番

そして下に抱えていた2回線はそこから独立して下降し最後の鉄塔に接続されています。こちらが気になりますね。

謎の1番鉄塔

敦賀火力線に繋がる謎の鉄塔

謎の1番鉄塔の正面にはフェンスがありトレーラーの駐車場になっており近づくことはできなさそうです。遠くから見るかぎりプレートも確認できる範囲にはありません。番号は何になっているのでしょう。

謎の鉄塔1番

望遠で確認するとこちらも1番。手前の敦賀火力線1番と並んで1番鉄塔が連続しているということです。

この系統、航空写真で見ると先程合流した敦賀火力3番鉄塔から南に進みすぐ近くの新敦賀変電所に接続されているようです。新敦賀変電所の見学も兼ねて確認しに行ってみましょう。一旦国道8号線に戻ります。

新敦賀変電所の場所と地図

新敦賀変電所銘板

新敦賀変電所は国道8号線からはアクセスできませんので、一旦国道8号線の東側を並走する国道476号線に入り、そこから農道を通って国道8号線側に進みます。

北陸電力新敦賀変電所(クリックで拡大)

国道8号線のトンネルが通っている山を西に、北陸自動車道との間の山を東に囲んだ盆地に新敦賀変電所はあります。

新敦賀発電所の周辺

変電所は南側から傾斜してきており北側には農道が走っています。農道はそのまま国道8号線の下をくぐり行き止まりです。

新敦賀変電所南側3本

南側の丘の上には3本の鉄塔が見えます。道路側からは距離がありすぎてプレートはもちろん、番号も見て取れません。

新敦賀変電所北側の鉄塔

道路の北側を見ると1系統接続されているのがわかります。こちらも山の中で道からは確認は困難そうです。

敦賀火力から来ている系統

そして北西側。方向的にこれが先程、目にした謎の1番鉄塔の先、敦賀火力線3番から分岐してきた系統で間違いなさそうです。番号は手前6番で奥が5番。分岐点が1番鉄塔から3本挟んだ敦賀火力線3番に併架された4番になりますから数もぴったりです。

中央に敦賀火力からの送電系統が接続

回線を目で追うと、先程の3つの鉄塔の中央鉄塔の接続されているのがわかります。ということはこの中央が7番というわけです。

ここで横になっていた2回線が縦に6本に整列されているのが見て取れます。そこからはおそらく変電所に引き込みでしょうか。ここからでははっきりとは見えません。左の鉄塔とも2回線が接続されています。相当複雑な配線の様です。

敦賀線

新敦賀変電所北側の鉄塔

ということで道路からでは一つも系統名がわからないという、なかなか難易度の高い変電所ですが一つ一つ探っていきましょう。まずは北側から来ている系統から。

新敦賀発電所北側スイッチヤードへの引き込み

2回線はそのまま新敦賀発電所北側のゲートに引き留められています。

ガイシは13玉

ガイシは13玉。ということは154kV系統です。対して南側の3本のガイシは短いので新敦賀発電所のブロックとしては北側が154kV、南側が77kVということがわかります。

巡視路発見

少し角度を変えると、ちょうど麓に巡視路があるのが確認できました。そこまで行ってみましょう。

標識があった

巡視路入り口、予想通り標識がありました。巡視路を上るまでもなくこれで鉄塔名がわかります。「敦賀線50番」です。

敦賀線50番

双眼鏡で頂点を確認するとやはり50。ということで新敦賀発電所北側に引き込まれている鉄塔は「敦賀線50番最終鉄塔」で確定となります。

敦賀線は別の記事で紹介している南条変電所からでている154kV系統です。平成12年の南条変電所建設前は敦賀線は新武生変電所が出発点でした。

この最終鉄塔はロケットの様に上腕から先が伸びている設計で片方が男ガイシ、片方が女ガイシの珍しい設計です。

新敦賀変電所南側

新敦賀変電所南側

さて、問題の南側ですがどうやってアクセスしましょう。農道をウロウロしていると入り口の左に案内板のようなものが見えました。近づいてみます。

新敦賀変電所南側への巡視路発見

予想通り、先程と同じく巡視路の案内です。そこには「西敦賀線1番と敦賀連絡線1番」とありました。とはいえ上の鉄塔は3本。下まで行く必要がありそうです。巡視路はすぐ前にありました。

配電用電柱

ちなみにこちら側には配電用の電柱も立ち上がっています。さて滑らないように気をつけて巡視路に入りましょう。

新敦賀変電所南側への巡視路

巡視路はまさに登山道。七曲りしながら少し上がると稜線に出ます。その先には・・ありました。鉄塔の足です。

西敦賀線と敦賀連絡線

西敦賀線1番昭和55年6月 敦賀連絡線1番1980年6月

どうやら3つ並んでいる鉄塔の左側にたどり着いた様です。プレートを確認すると、「西敦賀線1番昭和55年6月 敦賀連絡線1980年6月」とありました。

西敦賀線1番敦賀連絡線1番

西敦賀線は文字通り敦賀市の西方の西敦賀変電所へ、敦賀連絡線北陸自動車道インター直ぐ側の敦賀変電所へと接続されます。併架されて1つ先で分岐して敦賀連絡線はすぐ南へ12本、西敦賀線は市内を南からぐるっと迂回して西側45番目で変電所に入ります。

それにしてもこの接続、かなり複雑です。単純に2系統4回線が引き込まれているだけではなさそうです。

双方送電線で接続(クリックで拡大)

先程真ん中に見えた謎の7番鉄塔とも接続されている様に見えます。まずはそちらに行ってみましょう。稜線を歩けばすぐに次の鉄塔にたどり着けます。

東浦線

東浦線7 1991年9月敦賀セメント線1番プレート

プレートには「東浦線7番1991年9月敦賀セメント線1番」とありました。敦賀セメント線のほうは建設年は不明です。1991年は平成3年でちょうど敦賀火力1号機が運転を初めた時期と一致します。

東浦線7番敦賀セメント線1番

ということで先程の予想通り鉄塔番号は7、そして名前は「東浦線」でした。

敦賀火力線1番に繋がる東浦線1番

つまり敦賀火力線の一つ先に見えたあの鉄塔は「東浦線1番」ということですね。水力発電所よりも駆動機械が多いでしょうからその電力を供給しているのでしょう。

敦賀セメント線

敦賀セメント線2番

さて、道はもう一つ先の鉄塔にもつながっています。もう確定していますが、ついでに行ってみましょう。

敦賀セメント線2番昭和48年12月

はい、敦賀セメント線の2番ですね。こちらは建設年月が書かれています。驚くべきことは敦賀発電所が建設準備を初めた昭和59年よりさらに10年前であること。

そもそも敦賀市長が発電所の誘致を表明した昭和55年の時点て、その誘致理由としてこの敦賀セメント工場が挙げられたことから、それがもともとあったことは不思議ではありません。敦賀セメントの創業は昭和12年。当時はまだこの新敦賀変電所も無く、敦賀変電所が滋賀の堅田変電所と福井変電所をつなぐ京福線の間に入っていました。当時のセメント線の経路は今の敦賀連絡線に近かったのかもしれません。

新敦賀変電所北側の引き込み

西敦賀線1番の複雑な配線(クリックで拡大)

それにしても東浦線7番と西敦賀線1番の接続は複雑です。近くで見てもすぐには理解できません。注意深く引き込みと双方の接続のジャンパーを目で追います。

新敦賀変電所北側の引き込み

西敦賀線1番からの引き留めは2回線、それは上の腕金で折れて2番に向かっています。東浦線1番とは下の2回線の腕金が接続されています。

そして東浦線は3段構造になっており、下は敦賀セメント線を引き留め、中段と上段もそれぞれ1回線ずつ引き留めとなります。

つまり東浦線の上段と中段は分岐になっており敦賀連絡線と東浦線に分かれているということです。建設年は敦賀連絡線が1980年なのに対して東浦線は1991年。敦賀連絡線がもともとあり、そこから敦賀火力建設にあわせて駆動電力用に分岐して東浦線として伸ばしたといったところでしょうか。

敦賀火力発電所と新敦賀変電所接続図(クリックで拡大)

ということで敦賀火力発電所と新敦賀変電所接続図はこうなります。左上が敦賀火力発電所で右下が新敦賀変電所となります。まるで空の星座の様な美しい接続です。

新敦賀変電所南側より

変電所の丘には西の敦賀港からの潮風が西の天筒山を超えて吹き抜け、山登りの後の身体を冷ましてくれます。空気の中にはなんとなく機械的な香りも感じられます。昭和55年当時はオイルショックで物価が高騰していた混乱の時期。安定燃料として石炭発電所の建設が望まれ、この敦賀火力建設計画が始まったそうです。対して現在はヨーロッパを始め他の主要国でも二酸化炭素ガスの観点から石炭発電は廃止傾向にあります。世論や外的環境に振り回され目まぐるしく変わる発電の世界。また40年後にこの丘に立つとどんな香りがしてくるのでしょうね。

参考リンク

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