福井154kV系と275kV系の接続点 新福井変電所(福井県坂井市丸岡町)
新福井変電所は福井県坂井市、丸岡ICのすぐ東側にある275kVと154kV専用変電所です。 県内の大規模変電所でも77kV系統を接続していない変電所は珍しく、シンプルながらもなにかパワーを感じる場所です。
目次
概要
接続図を見ても敦賀火力からの275kV系統の流れ、(南条変電所→越前変電所→新福井変電所→東金津変電所→加賀変電所→城端開閉所)と福井市街をぐるっと周る154kV系統の環状系統(新武生変電所→丹生変電所→新福井変電所→松岡変電所→新武生変電所)の交わるポイントにあり、敦賀火力からの電力を福井市内に送る重要な設備で有ることが伺えます。
ちなみに北陸地方電気事業百年史によれば敦賀火力は北陸電力初の石炭火力発電所で、その背景には昭和48年1973年からの2度の石油危機による石炭の推進にあったのだとか。
新福井変電所自体の設置年は手元の資料やネットでも出てこなかったのですが、いつも参考にさせていただいている鉄塔探訪記さんによると設置年は1966年で、同じく中央幹線も1966年開設、その後中央幹線が新福井東金津線と加賀金津線に分割されたのだとか。現在の中央幹線といえば加賀変電所から城端開閉所までの275kV系統ですが、なるほど、そんな歴史があったのですね。
さてそんな新福井変電所、航空写真を見てわかりますが北東の275kVブロックと南西の154kVブロックに分かれています。
北陸電力新福井変電所154kVブロック
新福井変電所の154kVブロック側は田園地帯。西方向より2つの4回線鉄塔が真っ直ぐ伸びてきています。
面白いのは左右どちらも「金津線」を下に抱えているという点です。金津線といえば、松岡変電所からなぜか3番鉄塔スタートして北に伸びていた77kV系統ですね。
77kV? この福井変電所は154kVと275kV専用の高圧変電所です。なぜ77kVの金津線が?
実はよく見るとその秘密が分かります。
金津線(接続図茶色)
よく見てください。そう、下の2回線は左右の鉄塔でつながりUターンしているのです。これが金津線です。つまり変電所には接続されていません
なるほど、単に4回線鉄塔を間借りして新福井変電所の横を通過しているだけなのですね。思えば金津線は松岡変電所内のドラキュラ鉄塔の最初から新福井松岡線の下に間借りしていました。で、ここで北庄線に乗り換えるというまるでコバンザメのような送電系統なわけです。
ちなみに流石に最後までというわけではなく、丸岡町八ツ口、丁度国道8号線を東西に越えた辺りで別れ、その名の金津変電所へと1人で泳いで終着しています。
北庄線(接続図緑)
北庄線は向かって左側、北西の鉄塔になります。154kVで北庄変電所に接続されます。銘板がなかったのですが、天辺の番号で45番が最終と確認しました。
下半身は上記の金津線をUターンさせるため90度の角度鉄塔となっています。架空地線も一緒に隣の松岡連絡線に分岐しているので3分岐。赤頭にパンキッシュなヘアスタイルが似合っています。
松岡連絡線(接続図黄色)
北庄線45番との兄弟的な存在の横の鉄塔。同じく金津線を受け渡しています。銘板がうまく確認できませんでしたが、松岡変電所では最終鉄塔だったのでこれが1番鉄塔で間違い無さそうです。
新福井変電所275kVブロック
田園地帯であった154kVブロックにたいして新福井変電所の275kV側は山。その上にゲートがあり遠くからしか見ることができません。
越前線(接続図暗緑)
福井火力からの電力を運んできている275kV系統です。もちろん接続先は越前変電所。これまた番号が確認できず。塔マップによれば54番の様でこれが最終。
クチバシが大きいキツネ型鉄塔です。
新福井東金津線(接続図赤)
最後は新福井東金津線。番号は25番と確認できました。東金津変電所とはとはさほど距離はなさそうですね。
新福井東金津線25番は新福井変電所の中でも最奥にありなかなかウォッチが難しい鉄塔でした。辛うじて遠くから望遠で。元中央幹線とのこともあり、確かに加賀東金津線とそっくりな設計に見えます。
北陸電力 新福井変電所 接続図
ということで接続図はこうなります。どうみても金津線がムダな距離をとっているように見えますが、専用に鉄塔を建てるよりはコストメリットがあったのかな?という感じです。
それにしても高圧専用の変電所、鉄塔探訪記さんによれば当時はマンモス級の扱いだったとのこと。ちょうど今で言う越前変電所的な存在だったのでしょうね。