スパイスの神様ハジカミ神社と森本の謎の入り口(石川県金沢市二日市町)

6月15日はショウガの日です。これは食品メーカーの永谷園が決めたもの。その由来となったのはここ波自加彌(はじかみ)神社の祭りハジカミ大祭の日が6月15日だったことです。

この神社、全国でも類を見ない調味料の神社。ハジカミというのは歯で噛んで辛いもの、つまりショウガ、サンショウ、ワサビなどを意味する言葉なのだそうです。参れば料理の腕があがるのだとか。

場所は金沢市の外れの二日市町。津幡町のすぐそばです。名前はハニカミではなくハジカミです。検索する時は注意してください。

ところで直接は関係ないですがこの神社の付近にはちょっと変わった風景があります。

山側環状梅田インターから津幡町へ向かう途中 なにか穴がある?

山側環状梅田インターから津幡町へ伸びる旧道沿い。なにか大きな穴があります。

地下道!?やけに大きい

地下歩道に見えますが、やたらに入り口大きいこの穴。入り口には何も案内がありません。

車でそのまま入れる

高さ制限標識があるので恐る恐る車で入ってみるとその先には・・・

中にはなんと地下交差点

なんと地下に交差点があるのです。まっすぐで元の旧道、左右で今町や花園の住宅街に出ます。何の為に作られたのか不明ですがちょっと変わったトンネルです。

左に抜けて住宅街を北西に進むと波自加彌神社の碑が見えてきます。

波自加彌神社の碑があるがまわりにはなにもない

碑はあるのですが周りにはなにもありません。ナビにはここから100m程度先に波自加彌神社の表示があります。そちらに向かいます。

細い路地を入る

住宅の間のわずか2メートル程度の路地、ここを曲がります。

道の先には小さな神社が

住宅に挟まれた先には小さな神社が。ここが波自加彌神社なのでしょうか。

実はこちらは遥拝殿(里宮)

実はこちらは里宮と呼ばれ、1300年祈念として平成14年に建てられた新しい遥拝殿です。電話番号等でナビされるとここに辿り着くので注意しましょう。本社はここの西方、八幡山という山の頂上付近にあります。

先ほどの碑の横の道をひたすら進む

先ほどの碑に戻って横の細い道をひたすら西に進みます。線路と県道を渡ります。

線路と県道を横断した先に

県道を渡ると正面に山が見えます。ここが波自加彌神社の本社の入り口です。

裏からは車でも登れる(かなり急坂)

八幡山の上へは車でも登れます。右手から回り込んだ三叉路に案内がありますがかなり急坂。

道幅が広い道路があるので路駐して歩ける

さほど高い山ではないので下から登るのがオススメです。駐車場はないのですが、近くの田園の横あたりに迷惑のかからない様に停めましょう。

入り口横の河原市用水沿いには散策路/サイクリングロード

森下川から取水する河原市用水は、金沢市森本の薬師谷地区や花園地区の山麓を流れる灌漑用水として江戸時代以来の歴史を伝えている。

散策路を歩いてみるのもいい(クリックで拡大)

貞享2年(1685年)に取り入れ口を岩出から河原市に替えた記録があり、名前の由来となっている。また、1711年頃に河北郡笠野組十村役の中橋久左衛門が開削したとも伝えている。河原市で森下川から取水し、花園方向へ流れ、加賀爪を経て宇ノ気まで水を供給したと伝えるが、現在は不動寺町で取水し、加賀爪を経て津幡川に合流する。延長は10kmである。

波自加彌神社(写真は元日)

八幡山という小高い山の頂に鎮座する当社は、波自加彌神(はじかみのかみ)、一国一社護国正八幡神を主祭神とする、1300年の歴史を誇る延喜式内の古社で、旧社格は郷社であります。また、神社下の旧北陸街道が連なる街中には里宮遥拝殿があります。

176段の階段

「はじかみ」とは「薑」「椒」とも書き、生姜や山椒、山葵(ワサビ)などのように、歯で噛んで辛いもののことを指します。生姜は香辛料や薬味として広く用いられるほか、様々な薬効があるため、当社も調味・医薬・健康の神とされ、遠く江戸時代には加越能の料理屋や医師、薬屋などが多く参拝したといいます。

本社が見えてくる

毎年若葉の繁る6月15日には、はじかみ大祭(通称・しょうが祭り)が行われ、多くの参拝者に清められた生姜湯が振る舞われます。

八幡稲荷神社 商売繁盛五穀豊穣の神

由緒 当社は養老元年(717)に、ここより2キロほど後方山手の四坊高坂(しぼうたかさか)の黄金清水(こがねしょうず)で創建されたが、寿永2年(1183)の源平北国合戦のおり、兵火によって社殿のことごとくを消失したので、現在地である二日市町と花園八幡町の入会地に以前からあった田鹿八幡宮(たじかはちまんぐう)の横に並んで社殿を建て遷座された。その後、波自加彌・八幡の両社を一社殿として造営合祀され、以来「波自加彌神社・正八幡宮」または「やわた宮」と呼ばれて、加賀国の守護神として、あるいは金沢北郊の大社として多くの信仰を集めてきた。

甚兵堂 眼病に霊験あり

田鹿八幡宮がいつごろから波自加彌神社と呼称されていたのかつまびらかではないが、江戸時代の元禄7年(1694)の「神社略縁起」によれば、波自加彌神社と記されている。これは波自加彌神を八幡神より上位と考えて社名を変更したものと推察され、八幡宮にとっては庇(ひさし)を貸して母屋を取られたことになる。

1300年の歴史を感じる

奈良時代に、加賀国で数ヶ月間降雨がなく、草木はことごとく枯れ、牛馬や家畜、人にいたっても多くが渇死したので、国造(くののみやつこ)が雨乞いをするため、当社に社参し、身を清め断食して祈願すること37日目の満願の日、近く野谷より金色の光が輝いているのを発見し、不思議に思ってその場所におもむくとこんこんと霊水が湧き出ていた。これで人々はようやく甦生し、草木も繁茂した。人々はその神恩に報いるために供え物を求めたが、めぼしいものがなく困っていたところ、たまたま旱天下にも自生する生姜があったので、これを献じて感謝の祭りを行った。この日が6月15日であったので、爾来全国で類例ない「はじかみ祭り」(別名しょうが祭)として、連綿として続けられている。

波自加彌神社

薑祭 はじかみまつり 「波自加味大明神」「波自加美大明神」とも称された当社は、歯で噛んで辛いもの、すなわちショウガ、サンショウ、ワサビなどの祖神(おやがみ)さまである。若葉の繁る毎年6月15日、「しょうが祭り」が行われる。遠く江戸時代には、この祭礼に加賀・越中・能登の料理屋の主人はすべて参拝したといわれ、また生姜の薬効から医薬の神としての信仰も篤く、医師や薬屋も参拝したと伝えられている。現在も、食祭神「ハジカミ」に由縁のある、産地の生姜栽培加工業者、スパイスや食品加工業者、漬け物組合、加賀伝統野菜生産者、青果商、菓子芝舟製造業、料理店主、調理師、薬種関係者等、県内外より多数の方々が自社製品献納の上参拝され、湯立神事によって調整された生姜湯が振る舞われる。祭典後は、漬物組合による「漬物コンテスト」や、料理師団体による「料理の振る舞い」など、多彩な行事が行われている。

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