楽々散歩 額谷レクリエーション遊歩道と額谷石切り場跡(石川県金沢市額谷/963m+200m)

額谷石切り場跡

石川県金沢市額谷には戦時中に軍事工場としても使われたという石切場の跡があり、いまも洞穴がその口をあけています。またその石切り場を取り囲むように額谷ふれあい公園側から遊歩道が整備されており、歴史的な史跡に思いを馳せながら簡単な山歩きを楽しむことができます。

案内地図

アクセスは金沢市山側環状線沿いの「額谷ふれあい公園」からです。公園に向かって左手の道を「遊歩道」の案内に従い登っていきます。しばらく進むと右に同じく案内があるのでそちらへ折れるとほどなくして遊歩道の入り口にたどり着きます。駐車は2台程度なら可能です。

遊歩道入り口

遊歩道は下りから始まります。しばらく歩くと渓流の音が聞こえ、赤い橋が見えてきます。

渓流を渡る

水はとても澄んでおり癒される感じがします。ここから登りに入ります。気がつくと周りは竹林になっています。明るい道でとても森林浴感があります。

あたりは竹林に

しばらく登ると右手にほこらが見えます。扉は閉まっていますが開けて拝観することもできます。背後には金沢市の景色が開けます。この先が入り口に書いてあった富樫氏の御廟谷となります。

途中のほこら

竹林を抜けると今度は手入れされた杉林です。短い距離でこのような景色の移り変わりが楽しめるのもこの遊歩道の面白いところです。

分岐

分岐にたどり着いたらまずは右手の石切り場方向に行くと良いでしょう。ここから石切り場の広場を抜け、頂上へ、そしてぐるっと回ってここに帰って来れます。

石切場前の広場

藩政期から昭和中頃にかけて、市内山間部の多くの村々で生活用具や家の土台石などの素材として大量の石が切り出されていた。この石切の作業を通じで石工の技術が向上し辰巳用水築造にも役立ったという。ここはその石切り場跡の一つで現在確認出来る物で二、三十カ所の洞穴があり、規模が大きく保存状態も比較的良好である。

洞窟内部

ここから算出した石材は額谷石と称され、軽石質・角礫凝灰石で軟質のため、主に火ツイ(かまど)、七輪、火消ガメ、イロリ石、風呂釜などに用いられた。しかし戦後の急速な近代化によって、セメント、コンクリートブロックやプロパンガスが普及し、石切は姿を消した。

頂上は空がひらける

この洞穴は、第二次世界対戦の集結直前に三菱重工業の航空機エンジン部門の疎開先として、強制的に連れてこられたり、またはその他の手段によって集められた朝鮮人を含む多くの労働者による突貫作業で地下軍需工場に改造され、機械据え付けも行われたが、終戦を迎えて稼働には至らなかった。なお、戦後しばらくは石切作業が再会されていたという。(平成十年三月 金沢市教育委員会案内版より)

ほこらと展望デッキ

頂上の展望デッキの先には残念ながら竹が伸びており視界が妨げられています。しかしながらベンチやテーブルがあり空が開けており昼食をとるにはちょうど良い場所です。そのまま進むと分岐に戻ります。帰りには道左手の御廟谷周辺に立ち寄っても良いでしょう。

御廟谷

この一帯は御廟谷と呼称され、加賀の守護富樫氏の墓域と伝えられる。一段高い寺屋敷と称される一部は周囲の情勢を窺うに格好の地で、富樫一族の居館跡とも家臣金子氏の居館跡ともいわれている。北方に位置する高尾城は金沢市教育委員会の調査により従来の指定を遥かに上回る規模宏壮な城郭であったことが判明した。

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